近年、指揮だけでなく芸術監督として演出も手がける西本智実による《INNOVATION OPERA ストゥーパ 〜新卒塔婆小町〜》。昨年、富山での世界初演にて実現した、その優美で幻想的な舞台空間。それがこの4月21日に東京文化会館で、首都圏の観衆に満を持して届けられることになる。公演について西本に聞いた。
今作のきっかけは、公演で滞在していた三大宗教の聖地エルサレムであった。
「人間の普遍的な想いが脈々と受け継がれている光景の中に身を置いた時に感じた、光と影の濃淡が迫ってくるような感覚。そんな時空の狭間にぽつんと浮かんでいるような感覚の中、“幽玄の世界”は世界中に点在し、もっと共有しあえるとの想いが強くなってきました」
異国の地にて、和の美意識の持つ普遍性に気づき、「その日の夜のうちに第一稿を書き上げた」と言う。“ストゥーパ”とは、サンスクリット語で卒塔婆を意味する仏塔のことを指し、それは人々の畏敬の対象となる聖なる遺物であり、ある種の普遍を感じさせる場所である。その卒塔婆の前に、絶世の美女、小野小町が登場することにより物語は始まる。しかし、当時としては非常に高齢な、百歳の老婆として小町は現れる。西本演出では舞台が進展するにつれ、徐々に若返るという不思議な設定だ。
「舞台演出では、小町を取り巻くアレゴリーによって“小町の歌”の普遍性が見えてくるようにしました」
そして俗と聖の世界を行き来した小町の姿が観客を惹きつけていく、その孤高の世界には、細かい演出の妙があった。特に音楽面での演出は見逃せない。
「私にとって音楽は三次元の世界からさらに四次元の世界を感じさせてくれる時間芸術です。録音された効果音は一切使わず、虫の音や風の音、舞台中に聴こえてくる音は特殊奏法も用いながら全て生演奏します。出演者やスタッフの創意が徐々に重なり“時空の歪み”が空間に現れ始めます」
監督を務めるイルミナートフィルハーモニーオーケストラとともに、多くの試行錯誤がなされてきたのだろう。和楽器である能管、尺八、琵琶、鼓の音が、それぞれピッコロやフルート、アルトフルート、チェロ、オーケストラの打楽器によって、まるで本物の和楽器のように演奏される。本来、奏でられるはずのない音が奏でられ、それだけで不思議な世界を作り出す。また、芝居の“間”を捉えるため、演技に合わせて創作された西本自身の楽曲が演奏されるなどして、不規則で曖昧な和の感性によって、生身の舞台表現と生演奏に一体感が生まれてくる。
要所要所で歌われる雅調の旋法によって旋律が与えられた小町の和歌が、聴衆の心に深く刻みこまれる。
「“和歌”は文字通り、“歌”です。韻律の狭間の行間にこそ表現があると思います」
佐久間良子、中山優馬、青山達三ら豪華キャストと共に、西洋芸術の世界を血肉化してきたマエストロが、新たに向かい合った和の美的世界。このありそうでなかった、いや、実は全くなかったといっていいオペラ。“幽玄の美”が煌めくさまを、是非見届けてほしい。
取材・文:大西 穣
(ぶらあぼ2018年4月号より)
INNOVATION OPERA
ストゥーパ 〜新卒塔婆小町〜
2018.4/21(土)13:00 17:00 東京文化会館
問:03-3593-3221
http://billboard-cc.com/