ローマ歌劇場 2018年 日本公演

話題の女性演出家が描くプリマドンナ・オペラ2編


ソフィア・コッポラとキアラ・ムーティの美しき手腕

 ローマ歌劇場はイタリアが誇る名門オペラ・ハウスのひとつ。1890年初演のマスカーニ《カヴァレリア・ルスティカーナ》も、1900年のプッチーニ《トスカ》もこの歌劇場から世に羽ばたいた。戦前には王立歌劇場と銘打たれ、かの大指揮者トゥリオ・セラフィンも長らく音楽監督を務めたという、歴史ある大歌劇場である。
 ところで、このローマ歌劇場を訪れるたびに筆者が感じるのは、まずは横にも縦にも巨大なステージの存在感。それは、何度客席に座ろうとも、やはり目を見張るほどの威容である。そこで考えるのだ。「今回の演出家は、この大空間をどうやって活かすのか?」。オブジェを詰め込み過ぎても焦点が定まらないが、かといって空間だらけも淋しい。それに何より、舞台に現れる歌手たちの個性と声の力がどんな風に引き立つことか——そこがまさしく、演出家の腕の見せどころなのである。
 そこで、今年9月に再来日するローマ歌劇場が、満を持して日本の観客に披露するのは、2人の女性が演出する人気のプロダクション。ひとつは、映画監督ソフィア・コッポラ(日本では『マリー・アントワネット』が大ヒットしている)がオペラに初挑戦したヴェルディの《椿姫》である。
 コッポラは第1幕の夜会の場に巨大な階段を置き、そこをヒロインのヴィオレッタが独り降りる姿に彼女の孤独感を重ね、着ているドレスのそれは長い裾には、高級娼婦の日々を取り巻く“華やかさと虚飾性”を象徴させる。ここで驚くのが、衣裳をあのヴァレンティノが担当したということ。田舎暮らしでも病床のひとコマでも、女主人公の艶やかさが貫かれるのも、デザイン界の巨匠ゆえの審美眼なのだろう。
 ちなみに、この《椿姫》では配役の斬新さも注目の的。まずは高音域に強い美貌のソプラノ、フランチェスカ・ドットと、豊かな声の持ち主、テノールのアントニオ・ポーリが恋人カップルを演じ、厳格な父親役はバリトンの大ベテラン、レオ・ヌッチが担当。指揮はいまや世界中からひっぱりだこの新星ヤデル・ビニャミーニが務めるという。このビニャミーニの精力的な棒さばきにも期待したい。
 そしてもうひとつが、女優でもあるキアラ・ムーティ(大指揮者リッカルド・ムーティの娘)が手掛けるプッチーニの《マノン・レスコー》である。彼女の演出プランで特筆すべきは、享楽に生きる美少女マノンが最後に辿り着く“人生の黄昏”——彼女がさまようルイジアナの荒野——を、第1幕の冒頭から巨大な夕空に暗示させること。愚かだが哀れなマノンの近未来が壮大でも過酷な大自然の姿に重なれば、客席にもより深い憐憫の情がもたらされることだろう。



贅沢な歌手陣が織りなす抒情的なドラマ

 なお、この《マノン・レスコー》でも配役がファンの垂涎の的に。何しろ、ヒロインをあの人気ソプラノ、クリスティーネ・オポライスが演じ、恋人のデ・グリューを“奇跡のオペラ歌手”グレゴリー・クンデが歌うのだから。美女中の美女オポライスの儚げな面差しはこの少女役にうってつけだが、その彼女の相手役が、ヴェルディの《オテロ》とロッシーニの《オテロ》を同時期に歌い、10年前よりも声が若々しい名テノール、クンデなのである。この知性派2人の顔合わせなら、プッチーニの情熱的な音楽もいっそう鮮烈な響きと化すだろう。また、マノンの兄レスコー役では演技達者のバリトン、アレッサンドロ・ルオンゴが出演。彼の濃密な美声も聴きものと思う。
 なお、最後に触れておきたいが、一流海外歌劇場による《マノン・レスコー》の来日公演は実に32年ぶりとのこと。歌手に人を得ないと上演し辛いオペラだけに、今回の贅沢な布陣を機に、ドナート・レンツェッティの練達の指揮ぶりとあわせてじっくり味わってみてはいかがだろうか?
文:岸 純信(オペラ研究家)
(ぶらあぼ2018年3月号より)

《椿姫》 
2018.9/9(日)、9/12(水)、9/15(土)、9/17(月・祝)各日15:00 東京文化会館
《マノン・レスコー》
2018.9/16(日)15:00 神奈川県民ホール
2018.9/20(木)、9/22(土)各日15:00 東京文化会館

2演目セット券(S〜C席) 3/3(土)発売 
単独券(S〜D席) 3/31(土)発売
問:NBSチケットセンター03-3791-8888 
http://www.nbs.or.jp/