オルガン音楽の魅力を多くの人に伝えたい
「パイプオルガンの魅力とは、たった1人でオーケストラに匹敵する効果を演出できること。そんな魅力と可能性を感じていただければ」。オルガニスト紙屋信義が、3枚目のアルバム『アダージョ〜パイプオルガンで聴く名曲〜』を発表する。管弦楽やピアノのための作品からの編曲を軸に、オルガンならではの多彩な表現を知らしめる意欲作だ。
「オルガンは、長い歴史を擁する一方、現代を生きる楽器でもあります。私はバロック以前とバッハ、ロマン派、現代曲がオルガン・レパートリーの基本だと考えており、先の2枚のアルバムも、これを踏まえて選曲しました。かたや演奏家は時代様式を常に考慮し、きちんと弾き分けることも要求されます。その意味で、現代に生きるオルガニストは、時代を超えて、オルガンの魅力を伝えていく使命があるのです」
今回のアルバムは、ヘンデル「オンブラ・マイ・フ」やサティ「ジムノペディ第1番・第3番」など、古今の名旋律を集めた。
「日本人にとって、パイプオルガンはいまだに遠い存在です。その楽曲ともなると、ほとんど知られていません。そのことが、オルガン音楽を遠ざけているとすれば、残念なことです。今回使用した楽譜の多くは、私の学生時代に、大英博物館図書館で手に入れました。原曲がピアノの作品も、持続音のオルガンで聴くと、全く違った味わいが出て、きっと愉しんでいただけるはずです」
アルバムの録音には、滋賀県近江八幡市の音楽ホール「安土文芸セミナリヨ」に設置された英マンダー社製の楽器が使われた。
「イギリスの楽器は、ドイツのものなどに比べると個性には乏しいですが、柔軟性があり、多彩な音づくりができる点が魅力だと感じます。その意味でも、この楽器は今回のアレンジ曲集に適した楽器だと思います」
昨年6月、著書『風の音に惹かれて〜東日本大震災とドイツ放浪』(自分流文庫)を出版。ここでは、東日本大震災を機に始まったドイツ放浪を通じての、一見、挫折とも苦難とも思える体験を綴っている。
「この経験は、人生や仕事、家族について深く考え直すきっかけを与えてくれました。旅の後は、全てのことに対して前向きに捉えられるようになり、自分の音楽観にも影響を及ぼしました。クラシック一辺倒であった私が、ポップスや演歌などにも目が向くようになったのです。人は辛い体験を通して成長するのだ、と実感しています」
基本的には、設置した場所から動かせないパイプオルガン。しかし紙屋は独自に考案した移動式の楽器を携え、奏者の側からオルガンのない地方へ出向いて演奏するなど、オルガンの啓蒙活動にも力を注ぐ。
「多くの人に『音楽を愛好する心情と、音楽に対する感性』を伝えていくのが、私たち音楽家の使命です。日本全国でクラシックはもちろん、演歌や童謡、ポップスなど幅広いジャンルの曲を弾いて、オルガン音楽の楽しみを知ってもらうために尽力していきたいです」
取材・文:寺西 肇
(ぶらあぼ2017年12月号より)
CD
『アダージョ〜パイプオルガンで聴く名曲〜/紙屋信義』
マイスター・ミュージック
MM-4021 ¥3000+税
2017.11/25(土)発売