フィリップ・ジョルダン(指揮)

C)Johannes Ifkovits
 7月31日、「フィリップ・ジョルダンが2020年からウィーン国立歌劇場の音楽監督に就任」というニュースが世界に発信されると、クラシック音楽界は大きな驚きと期待に包まれた。現在、パリ国立オペラの音楽監督とウィーン交響楽団の首席指揮者を兼任するジョルダンが、楽壇の最高のポストの一つに就くことが決まったのである。
 もっとも、世界のクラシック界のマーケットの中で重要な位置を占める日本では、このニュースにあまりピンとこなかったファンが多かったのではないだろうか。何しろ、これまでのジョルダンの来日経験は07年の札幌のPMFだけだったのだから。
 それだけに、この11月末から、ジョルダンがウィーン交響楽団を引き連れて行う来日初ツアーは、まさに「待望の」という言葉がふさわしい。筆者はこの6月末に、ウィーンでジョルダンにインタビューをすることができた。ちょうど、ベートーヴェンの交響曲ツィクルスの最終公演で「第九」を指揮する当日だっただけに、話題は自然とこの作曲家から始まった。
「ベートーヴェンの音楽では、ウィーンの響きが重要な意味を持ちます。ウィーン響のメンバーはフレージングや音の色彩の意味を熟知しており、ただ楽譜を演奏するだけでなく、心と高い意欲をもって演奏する。それは、伝統の中で刷り込まれてきた音楽的なDNAと呼べるものかもしれません」
 今回の来日公演では、ベートーヴェンの「運命」(12/3)がプログラムに入っているが、ウィーンの響きを味わうという意味では、マーラーの交響曲第1番(12/1)も聴き逃せないだろう。私が特に印象に残ったのは、ジョルダンがブラームスについて語った箇所だった。
「私の考えでは、ブラームスはあまり重く演奏すべきではありません。叙情性と室内楽の精神、そしてシューマンの音楽のような親密さが必要です。今回演奏する交響曲第1番(12/3)の冒頭はあくまでフォルテであり、フォルティッシモではないのです。私だったら、冒頭でティンパニに強打させるのではなく、繊細に、悲しみを誘うように、苦痛を耐え忍ぶように演奏したい。ウィーン響の強みは、響きの透明さに重きを置いていることだと思います。少なくとも、筋骨隆々の演奏をするオーケストラではありません」
 名指揮者アルミン・ジョルダンの息子としても知られるが、キャリアの上で特に大きな影響を及ぼしたのは1998年から2001年までベルリン国立歌劇場でダニエル・バレンボイムのアシスタントを務めたことだろう。バレンボイムからは徹底的に考え、問いかけることを学んだという。
「答えが1つしかないのなら、それは音楽が死んでいるのに等しいのです。そこにはルーティンしかなく、議論もありません。人は生きている限り、常に変わるものです。楽譜には多くのヒントや方向性はありますが、どのように演奏するかは毎回自己で問わなければなりません。頭と心からの両方のアプローチが必要です」
 今回の来日公演では、ベルリン・フィルのコンサートマスターとして活躍する樫本大進がメンデルスゾーンの協奏曲で共演する(12/1)。ウィーンとベルリンの華やかな協奏も楽しみだ。
取材・文:中村真人
(ぶらあぼ2017年10月号より)

フィリップ・ジョルダン(指揮) ウィーン交響楽団
2017.12/1(金)19:00、12/3(日)14:00 サントリーホール
問:ジャパン・アーツぴあ03-5774-3040
http://www.japanarts.co.jp/

他公演
2017.11/26(日)横浜みなとみらいホール(045-682-2000)
11/27(月)福岡シンフォニーホール(092-725-9112)
11/28(火)名古屋市民会館(中京テレビ事業052-957-3333)
11/29(水)ハーモニーホールふくい(0776-38-8288)
12/2(土)兵庫県立芸術文化センター(0798-68-0255)
※プログラムは公演により異なります。