7月14、15日、大阪国際フェスティバルで、レナード・バーンスタインの「ミサ」(1971)が国内では23年ぶりに上演される。指揮は井上道義。
「歌手、演奏者、ダンサーのためのシアター・ピース」という副題を持つこの作品は、オーケストラ、合唱のほか、18人の独唱者、児童合唱、ロックバンド、ブルースバンド、ダンサーなどを要する大作。そのため、バーンスタインを代表する傑作にもかかわらず、海外でも滅多に上演されない。94年の京都市交響楽団による上演から23年ぶりに再び、指揮と演出を手がける井上道義と関係者が、「ミサ」の魅力と上演についての抱負を語る。
(2017.3/16 レストラン・アラスカ・フェスティバルタワーで行われた会見および、インタビューをもとに再構成した。
Photo:M.Terashi/TokyoMDE )
■井上道義
23年前、京都市交響楽団の音楽監督をやっていたころ、東京のBunkamuraオーチャードホールで2回演奏しました。新日本フィルハーモニー交響楽団の音楽監督をやっていたころは年に1回はオペラをやっていたし、僕も今より若かったから、演出やいろんなことをやってました。23年前の上演でも共感をもって取り組みましたが、今回、この作品にぴったりのフェスティバルホールでやれるのがとてもうれしい。
◆僕がやらないで誰がやる?
この作品は、僕がやらないと誰がやる? という内容なのです。僕はずっと自分の中で何か“違和感”を抱えながら生きてきた。その“違和感”が活動のエネルギーにもなったのですが、バーンスタインもまた、違和感を抱え続けていたようなのです。
『ウエスト・サイド・ストーリー』がバーンと売れてしまったもので、そういうイメージが強くて、彼はそれを割と嫌ってたんですね。僕も佐渡裕君、大植英次君ほどじゃないけれど、バーンスタインに一夏、習ったことがあります。ですからそのあたりの話をしたことがあります。
バーンスタインは非常に悩み続けた男で、指揮者であるよりも作曲家でいたかった。彼自身この曲のことをものすごく好きで、ものすごく演奏してほしかったようなんです。日本で初めてやったのは、1975年、合唱団グリーン・エコーですけれども(78年、86年に再演)、その人たちにバーンスタインが「本当にやってくれてありがとう。この作品は私のすべてであり、私の人生だ」といったことを手紙に書いてきているんですね。そのとき彼は50歳ぐらいだったかな。
◆祈るだけじゃダメ。実行するのみ
この曲はすばらしいのだけれど誰も知らないんですよ。内容が分からないのに、僕がいいよいいよと言ってもしょうがない。
作品が書かれたのはベトナム戦争の頃。バーンスタインは、白人の強力なドグマすなわちキリスト教に疑いを持ちました。神はいるのか? いないのか? と。「平和がほしければ、祈るだけではいられない、実行するのみ」とロック歌手やブルース歌手がグルーヴ感いっぱいに呼びかけます。それに対して合唱は、正攻法の歌唱で“ミサ曲”を通じ祈りの大切さを歌います。
◆全く新しい演出
バーンスタインが本当に一番脂がのっている時代の作品です。僕は最近ショスタコーヴィチをやっていますが、ショスタコーヴィチにも二重、三重に深い混乱した彼の現代人としての悩みが全部書かれている。バーンスタインの悩みはアメリカ人の悩み。でもおんなじです。きっとみんなも同じに違いない。もちろんアメリカ人じゃないけれど。自分が持っている職業の中でのありようとか、自分がなりたかった人間としてのありよう、それから家庭の中でのありよう、もしくは家庭の、男としての人間としてのありよう・・・
そういったものを全部、若気の至りと思うくらい欲張りに書いています。ですから23年前の上演でもそういったものを演出に全部入れた。お客さんからは、幕の内弁当を10個くらいまとめて食べたみたいだと言われました。訳わからなかったようですね。あまりにも詰め込みすぎて。だから今回はできるだけ単純化させようと思っています。
指揮者である彼が祈っている。でも祈っているだけじゃ話にならない、っていう話なんです。今回主役の司祭が大山大輔君ですけれど、司祭は大山君じゃなくてバーンスタイン。主役はまったく私小説ふうにバーンスタイン。司祭に作曲者バーンスタインを重ね合わせています。バーンスタインは、作曲家でもあり、ピアニストでもあり、あともう一つ非常に重要なのは、指揮者。指揮者っていうのは、ほとんど司祭みたいな役なんですよ。権威というものがなければ何も出来ない仕事です。ただしその権威というのは、神の名においての権威で、音楽の名においての権威なんですね。本当にそういうところがだぶってくるわけです。
司祭(=バーンスタイン)は大人のいろんなものを背負って、最終的には自滅しちゃうんですが、そこにキリストがよみがえったように少年が出てきて希望の歌を歌う。これは、本当に美しい曲です。歌うのは優れたボーイ・ソプラノじゃなきゃダメなんです。ボーイ・ソプラノっていうのは、寿命が短い。中学生になったら声が変わっちゃう。だから今こうして、しかも大阪のこの地で込山直樹君という才能に巡りあう幸運に、神様っているんだなと思いました。
今回、大阪芸術大学に協力していただいて、ポスターを作りました。大阪フィルは音楽だけやっててもダメだと思うから、絵もダンスも、みんな音楽に入っているのだから、大学とも関係をもとうじゃないかと。
コンペをして、最初全部ボツにしちゃったんですね。それでもう一度、この色はこう、こういう字じゃないと見えないとか、字体はこうじゃないと見てくれないとか、バーンスタインという言葉が出てこなきゃいけないとか全部言って。一等賞になったのが、伊賀奨一郎さん。これは彼が一から書き起こした絵です。写真ではありません。
■大山大輔(司祭役)
本当に大役だなと思います。主役、司祭の役でありながら、バーンスタインでもある。これがどういうことなのか?まだ稽古もこれからなので、全貌は明らかになっていないのですけれども。
マエストロはバーンスタインの、作品の通訳者として、演出をわかりやすく、パイプ役としてやっていこうということだと思うんですね。それと同じように私は、この僕の声楽家バリトン、オペラ歌手、役者大山大輔というこの肉体をパイプにして、バーンスタインという存在を再現するというようなことだと思っています。
役者の上に歌も歌えるんだっていう存在のオペラ歌手にアプローチしていきたいという想いで19歳から役者もやりながらオペラ歌手活動を続けていって、あるときは偉い先生方からお前は何をしたいのか分からないとか、まっとうなバリトンの道を歩んでほしいとか好き放題言われるんですね。でもぼくらは真のオペラ歌手になるためになんでもやってきたという自負があるので、そういうことがこの歳になって身を結んで、マエストロと出会えたんじゃないかなと思います。この大役をしっかりと全うしたいと思っています。
■込山直樹(ボーイ・ソプラノ)
オーディションを受けた時に、すごく緊張したのですが、なんとか自分の歌をうたうことが出来て、合格の連絡をいただいたときはすごく嬉しかったです。大役を任されたので、全うしてこの舞台を成功させるように精一杯頑張りたいと思います。
■堀内 充(振付)
井上先生とは長いつきあいで、25年、いやもっとかな?先生も小さいころからバレエに親しんでこられたということもあって、本当にバレエに対しての理解が深い。ストラヴィンスキーの「兵士の物語」をはじめ、色々な音楽でダンサーとしてやらせていただいた。
エネルギッシュな先生のお話を聞いていて、すごくワクワクしているんですけれども、さまざまなキャラクターを要求されるので今回もある程度覚悟はできてます。常に少年のような先生の視線が私はすごく楽しくて、実際の現場になったらまたエネルギッシュになっていくのではないかと思っています。
魅せるだけではなくて、子どもたちとのふれあいなどもできたらなと思っております。
■第55回大阪国際フェスティバル2017
大阪フィルハーモニー交響楽団創立70周年記念
バーンスタイン:シアターピース「ミサ」
〜歌手、演奏者、ダンサーのための劇場用作品(新制作/原語上演・日本語字幕付き)
7/14(金)19:00、7/15(土)14:00 フェスティバルホール
総監督・指揮・演出/井上道義
照明/足立 恒
美術/倉重光則
振付/堀内 充
ミュージック・パートナー/佐渡 裕
キャスト/大山大輔、込山直樹、小川里美、小林沙羅、鷲尾麻衣、野田千恵子、幣真千子、森山京子、後藤万有美、藤木大地、古橋郷平、鈴木俊介、又吉秀樹、村上公太、加耒 徹、久保和範、与那城 敬、ジョン・ハオ
管弦楽:大阪フィルハーモニー交響楽団
合唱:大阪フィルハーモニー合唱団
児童合唱:キッズコールOSAKA
バレエ:堀内充バレエプロジェクト/大阪芸術大学舞台芸術学科舞踊コース
助演:孫高宏、三坂賢二郎(兵庫県立ピッコロ劇団)
問:フェスティバルホール06-6231-2221
http://www.festivalhall.jp/
●大阪国際フェスティバル公式ブログ
・バーンスタイン「ミサ」特設ブログ
http://blog.osakafes.jp/2017mass