水越 啓(テノール)& 重岡麻衣(フォルテピアノ)

人間ベートーヴェンの個人的な想いが託された歌曲の魅力


バッハ・コレギウム・ジャパンへの参加など、古楽を本拠に活動するテノールの水越啓。フォルテピアノの重岡麻衣と共演したCD『ベートーヴェン歌曲選集Vol.1〜初期歌曲篇〜』をリリースする。心地よい美声で響く全22曲は、ベートーヴェンがウィーンに出た1792年からハイリゲンシュタットの遺書を書いた1802年頃までの初期歌曲ばかり。
水越「声楽家でもほとんどの人が、『優しき愛(君を愛す)』と『アデライーデ』ぐらいしか知らないと思います。僕も最初、初期に絞るのはCDとして幅が狭いかもしれないと思いました。でも意外にそうでもない。スタイルとしても表現としても、この時期の作品で、すでに幅広いものを含んでいます」
同テーマのリサイタル・シリーズ『ベートーヴェンが生きたウィーン』も進行中。こちらは6月3日で3回目、後期作品を歌う。しかしベートーヴェンありきのスタートではなかった。
水越「重岡さんとは学生時代からの長い付き合い。最初は彼女の楽器にふさわしいレパートリーをと考えて、モーツァルト、ハイドン、ベートーヴェンを歌ったのですが、その中で、やはりベートーヴェンは特別だと痛感して出てきたアイディアです」
重岡の楽器は、ベートーヴェンも所有していたアントン・ヴァルター1800年製のレプリカ。
重岡「ベートーヴェンが大好きで、この楽器を注文したのもそのためです。歌曲でも、歌と楽器が当時まさにこのように響いていたのだろうと身体全体で感じられるのは幸せ。初期歌曲に関して言えば、右手が歌の旋律をなぞる箇所がたびたびあって、そこには通奏低音奏者の視点で、ちょっと和音を足したりしています。そういう自由さが初期の作品には残っていると感じます。バロックからの流れですね」
一方で、二人とも古楽の視点から時代を下ってベートーヴェンに接しているので、その新しさには、知識で得るのとは違う、リアルな衝撃を受けるという。さらに歌曲を通してベートーヴェン観も変わった。
水越「僕自身、おもに交響曲や後期の作品の、人類愛だとか、そういうスケールの大きさが当初抱いていたベートーヴェンのイメージでした。でも歌曲は、もっと特定の相手がイメージできる親密な世界。個人的な思いを託したジャンルだと感じます」
つまり等身大の人間としてのベートーヴェン。それを感じられることは、音楽を聴く側にもまた最大の喜びだ。あなたの知らない新しいベートーヴェンと出会うチャンス。
取材・文:宮本 明
(ぶらあぼ 2017年6月号から)

ベートーヴェンが生きたウィーン vol.3
ベートーヴェン後期歌曲の芸術
6/3(土)14:00
近江楽堂(東京オペラシティ3F)
問 オフィスアルシュ03-3565-6771
http://www.officearches.com/

CD
『ベートーヴェン歌曲選集Vol.1〜初期歌曲篇〜』
コジマ録音
ALCD-7214
¥2800+税 7/7(金) 発売