フェルッチョ・フルラネット インタビュー Vol.5

インタビュア:高橋美佐(イタリア語) 構成・質問:岸純信(オペラ研究家)

Q:オリジナル言語の違いというものが、音楽に影響するのではないでしょうか?
 ご指摘は当たっています。しかも、とくに《ドン・カルロ》においては顕著です。《ドン・カルロ》のフランス語5幕版は、言語による影響が大きく、またすでに音楽としてフランス語のオリジナル5幕版とイタリア語訳詞による改訂版はかなり違うものになっています。フィリッポ二世とポーザ侯との二重唱など、オリジナルと改訂版ではまったく構造が違っています。長さが長いですし、一続きではなく、区切られています。ヴェルディもやはり、こんにちでもよくあるケースに対応していたのでしょう・・・
 パリからの<フランス語版の>作曲オファーに応じたのは、お金のためだったと思います。報酬は高額に違いなかったでしょう。が同時に、すでにイタリア語版の構想を練っていたのです。後の改訂版のほうが、無駄のない、しかし密度の濃い楽想でした。曲の流れも、迷いのない仕上がりになっていました。それに対しフランス語オリジナル版には、半時間にもおよぶバレエがあったりと、だいぶ違いがあります。
 私がフランス語版を歌ったのは・・・もうかなり前ですが・・・コヴェント・ガーデン、それからエディンバラ・フェスティバルです。包み隠さず、あまり熱心に歌えなかった、と打ち明けます。イタリア語版のフィリッポ二世役のほうがずっと奥深く描かれています・・・「イタリア的」なのです。ヴェルディのもつ「イタリアらしさ」がごく自然に現れてくる、それがイタリア語バージョンだとすれば、フランス語のオリジナルのほうは、言葉が甘い響きであるがゆえに、なにかが失われてしまうのです。たとえばフィリッポ二世のアリアは、イタリア語バージョンでは悲劇的壮大さを纏いますが、フランス語バージョンではどうも「自室にこもって泣いている」というふうに聞こえてしまいます。ですので、フランス語で書く、という構想そのものがどうもしっくりきませんので、なるべく歌わないようにしています。《シチリアの晩鐘》についても・・・

Q:声の使い方にも違いを見ますか?
 フランス語の単語の発音は、あきらかに声の出し方に影響します。『彼女は私を愛したことがない』のアリア、これは、やはりイタリア語で歌うから完璧に味わいがでるのです。フランス語では、そうはなりませんね、残念ですが。《シチリアの晩鐘》をフランス語で歌った時には・・・ローマでも歌いましたね。

Q:<ローマは>いつでしたか?
 ・・・かれこれ・・・20年も前になりますかね。《シチリアの晩鐘》のほうは、まずまず、フランス語でもうまくいきましたね。こちらは、言語が変わっても人物像の本質にそれほど影響がでないのです。私が歌ったプローチダ役は、たいへん魅力ある面白い人物として描かれており、表現言語が変わっても、彼は愛国者か?テロリストか?という論点がぶれることがありません。したがって残りの部分でのフランス語が人物像の魅力を損なうことにはなりませんでした。「十字軍のロンバルディア人」についても同じことが言えるでしょう。ただ、《ドン・カルロ》はやはり特別です。あまりにも・・・イタリア的な作品であるために、言葉が変われば、その姿も変わってしまうのです。

Q:それにしても『彼女は私を愛したことがない』は、有名すぎるアリアで、聴衆も最大の注意をもってこれを聞くわけですが・・・が、《ドン・カルロ》は長大なオペラで、フィリッポ二世は他の場面にも登場しているわけです。オペラをさらに楽しむためには、我々は、アリア以外のどの場面をもっと気をつけて見るべきですか?あるいは、どの楽曲をさらに聞き込むべきでしょうか?
 もちろん楽しんでいただきたいのでアドバイスしますと、フィリッポ二世とロドリーゴが最初に歌う二重唱、ここは政治上の対論の場面でもありますが同時に人間的な場面です。なぜといいますに、ここでフィリッポは、ポーザ侯のなかに、自分がじつはこのような息子が欲しかった、という姿を見出すのです。ドン・カルロではなく、ね。音楽は素晴らしいですし、ドラマ性の広がりにおいても抜きん出た場面です。まずこの場面で、このオペラの人間描写の深みがみなさんに伝わるでしょう。この二重唱が《ドン・カルロ》のなかでかなり面白いものに感じられてくると思います。
 もう一つは民衆の登場するあの第3幕の一大シーンも・・・どのような演出で現出するかにかかってはいますが、でも、たいていの場合、ご覧になるみなさんの目を釘付けにしてしまうでしょう。
 そのあとに、フリッポ二世の最大の見せ場、あのアリアで始まる第4幕の始まりです・・・そしてそれが、宗教裁判長と彼の二重唱へと流れていく。政治と宗教の思惑がからむ場面です。さらに場面はフィリッポとエリザベッタの諍いへと発展してゆき・・・深く傷ついた王は惨めな弱々しい姿を晒しながら、ポーザ侯とともに部屋を去る。場面は、エーボリ公女の衝撃的なアリアによって幕を閉じます。まさに第4幕が、《ドン・カルロ》を最上級のオペラにしている要、と言っていいでしょう・・・もちろん、他の幕にも美しいシーンが溢れており、壮麗な作品であり、ヴェルディの芸術的成熟の証となるオペラですが。すみませんね、どうも「自分目線」で断言してしまって。

サントリーホール ホール・オペラ®《ドン・カルロ》公演(2001年4月4日)より オペラ・ファンの語り草ともなっている、2001年のサントリーホールでのフィリッポ役の名唱から15年。 さらなる円熟を重ね、フルラネットの歌唱と演技は最高潮を迎えている。 写真提供:サントリーホール、ホール・オペラ® 公演

サントリーホール ホール・オペラ®《ドン・カルロ》公演(2001年4月4日)より
オペラ・ファンの語り草ともなっている、2001年のサントリーホールでのフィリッポ役の名唱から15年。
さらなる円熟を重ね、フルラネットの歌唱と演技は最高潮を迎えている。
写真提供:サントリーホール、ホール・オペラ® 公演

【Vol.6】に続く

【関連記事】
フェルッチョ・フルラネット インタビュー Vol.4
フェルッチョ・フルラネット インタビュー Vol.3
フェルッチョ・フルラネット インタビュー Vol.2
フェルッチョ・フルラネット インタビュー Vol.1


ヴェルディ作曲《ドン・カルロ》
指揮:ワレリー・ゲルギエフ
管弦楽:マリインスキー歌劇場管弦楽団
演出:ジョルジオ・バルベリオ・コルセッティ

10月10日(月・祝) 14:00
10月12日(水) 18:00
東京文化会館

■予定される主なキャスト
フィリッポ2世:フェルッチョ・フルラネット
ドン・カルロ:ヨンフン・リー
ロドリーゴ:アレクセイ・マルコフ
宗教裁判長:ミハイル・ペトレンコ
エリザベッタ:ヴィクトリア・ヤストレボヴァ
エボリ公女:ユリア・マトーチュキナ
※キャストは変更になる場合がございます。最終的な出演者は当日発表となります。

■入場料(税込)
10月10日(月・祝)14:00
S=¥45,300 A=¥38,800 B=¥29,100 C=¥21,600 D=¥12,900
10月12日(水)18:00
S=¥43,200 A=¥36,700 B=¥27,000 C=¥19,400 D=¥10,800

マリインスキー・オペラ 来日公演2016公式HP
http://www.japanarts.co.jp/m_opera2016

●チケット2次発売:6月25日(土)
詳細:http://www.japanarts.co.jp/m_opera2016/ticket.html
問:ジャパン・アーツぴあコールセンター03-5774-3040

〈歌曲(リート)の森〉 〜詩と音楽 Gedichte und Musik〜 第20篇  フェルッチョ・フルラネット(バス)
10年7日(金) 19:00 トッパンホール

  • La Valseの最新記事もチェック

    • 美少年と貴婦人、その甘く苦い関係 | 萌えオペラ 第4回 リヒャルト・シュトラウス《ばらの騎士》
      on 2019/09/20 at 23:30

      text:室田尚子 illustration:桃雪琴梨 前回ご紹介したズボン役の代表であるモーツァルト《フィガロの結婚》のケルビーノ。彼が誕生してから100年以上を経て、オペラ史に名を残すもうひとりのズボン役が登場します。その名はロフラーノ伯爵オクタヴィアン。18世紀マリア・テレジア治世下のウィーンを舞台にしたリヒャルト・シュトラウスの《ばらの騎士》のタイトルロールです。年齢は17歳。若くして爵位 [&#8230 […]