盟友ゲルギエフは現在で唯一のカラヤンのような存在
インタビュア:高橋美佐(イタリア語)
構成・質問:岸純信(オペラ研究家)
Q:お生まれは、北イタリアのサチーレですが、子供時代はずっとこの故郷で過ごされたのですか?
ええ、そこで育ち、高校までの学業を終え、そして声楽の勉強をしようと決意して、マントヴァの先生のもとにレッスンに通うことにしました。カンポガッリアーニ先生という、有名な方です。以後、週に2〜3回のレッスンのためにマントヴァ通いが始まりました。長い通学時間でしたね、電車で片道3時間かけて、それを往復・・・しかし、美しい時代でした、若かった私は、そんな遠距離通学もすこしも辛く感じませんでした。
Q:文化的には、サチーレは具体的にどんな町だったのですか?
のどかな田舎町ですよ、でも、重要な歌劇場には近かった。もっとも近いのはトレヴィーゾの劇場です。私はそこでドン・ジョヴァンニのロールデビューをいたしました。パジアンでは、声楽コンクールに出場して優勝しました。フェニーチェ歌劇場にも一時間かからないで行けます。トリエステ歌劇場も車で1時間ちょっとです。トリエステでのデビューは初期キャリアのなかでも重要なものでしたよ。
Q:歌手になろうという決心は、いつ、どのように固まったのですか?
いたって簡単なことです。もしある人が、優れた声を持って生まれたならば、生まれてまもなくもう自然に歌っているはずです。私の場合も、いえ、周囲の人たちがあとから自分に言ったことですが、4〜5歳になるともう、耳にしたメロディーをすぐに覚えて口ずさんでいたそうです。私の曽祖父は大のオペラ好きで、テノールの有名なアリアを私に教えてくれましたが、私はそれを覚えて、彼に聞かせるために一生懸命歌いましたね。喜んでもらえたし、なにより自分が歌いたかったですから・・・ええ、どんな歌でも。そののち、ティーンエイジャーのころは、ポップスに夢中になりました。1960年代の後半です。このころはポップミュージックが隆盛をきわめて、いい音楽がたくさんありました。私自身も御多分に洩れずギターを習い、グループを作っていたのですよ。ですから、歌手になる決心などする以前に、子供のころから今日の今日まで、この「声」と人生を共にしているのです・・・60年代歌謡曲もこの声で歌っていました(笑)。22歳ぐらいでしたか・・・そのころになると、だんだんポップスの世界にも飽きてきて、関心がはっきりとオペラに向いて行ったのです。
Q:歌謡曲など軽いものは、もうすべて経験したし、さらに先へ・・・ということだったのですね?
ええ、そうです。ポップスを歌っていたことは、観客とのコミュニケーションを学ぶうえで大変役立ちました。初めてオペラの舞台に立った時点では、もうそのような問題はとっくに乗り越えていたのです。カンポガッリアーニ先生に師事して1年経つか経たぬかのうちに、舞台デビューの話が決まりました。
Q:「ドン・カルロ」についてさらに伺います。フィリッポ二世役は、年をとった、しかも悲しい男の役ですが、初めて歌った時にしっくりこないような感覚はなかったのですか?…と言いますのが、たいていのバス、バリトンの方々にとって、ロールデビュー時には、役柄の設定年齢のほうが、ご自身の実年齢より相当上かと思うのですが?
おっしゃる通り。フィリッポ二世はしかし、歴史上実在の人物で、調べますとオペラで設定されたストーリー展開中、実際の彼は36歳だったのです。反対にドン・カルロのほうが18歳だったのです。こんにち、どうしてフィリッポ二世のほうをあんなに年寄りに描くかというと、実際のテノール歌手のだれにドン・カルロを歌わせてみたところで、どこからどう見ても18歳に見えないからですよ(笑)。
オペラの上演にあたっては、そんな現実的な必要も生じてきますけれどね。しかしいずれにせよ、男性低声歌手が、自分の体験だけでは計り知れない、年長者の内面を探求しなければならないケースは、非常に多いですね。たとえば、悪徳に染まった高位の僧侶の役柄など・・・私自身、メトロポリタン歌劇場に宗教裁判長役でデビューした際には、まだやっと30代でしたので。しかも、歴史上の重要人物を演じなければならなかったわけです。宗教裁判長は90歳で、目が見えない。ですが逆に歌手という職業はありとあらゆる人々の人生を、自身のことのように感知できなければ務まりません。よい声の資質に恵まれていることは必須条件です。ですがそれに加え、役者としての資質も非常に重要なのです。ときには自分と大きく年齢が離れた人物をも演じなければなりません。ご指摘の通り難しいのですが、でもそれが、私の職業を面白いものに、またとても美しいものにしてくれているのです。
Q: 歌い、そして演じる。そのたいへんなミッションを完遂するためになさっている勉強や努力は、どのようなものですか。やはりたくさん資料など読まれて…
骨が折れますがやはり読書と、とくに実在した人物の役の場合は史実を調べ、どういう人物だったのかという描写にあたるものはくまなく読みます。もし私自身の場合について、こういう要素が自分を助けた、という話を加えるのでしたら、私が初めてフィリッポ二世を演じたとき、初めてフィガロを演じたとき、ボリス・ゴドゥノフを演じたとき…非常に幸運だったことは、そのような私の時代、まだ偉大なる演出家たちが多く活躍していたことです。じつはそこが、役者が基礎を身につけるための最重要条件でもありましょう。ジャン=ピエール・ポネル、ピエロ・ファッジョー二、ジョルジョ・ストレーレル、フランコ・ゼッフィレッリ。ロールデビューのとき、私に手ほどきをしてくれたのは、ことごとくこのような、まさに彼ら自身綺羅星のごとき演出家たちでした。このような演出家たちは、まだ名もない新人歌手に、実力のある芸術家になってゆくための道筋を示すという力量があったのです。歌い、そして演じることができるようになるために、一番大切な深い素養とは、じつのところこのような体験によってしか、培われないのかもしれません。
【Vol.3】に続く
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●フェルッチョ・フルラネット インタビュー Vol.1
ヴェルディ作曲《ドン・カルロ》
指揮:ワレリー・ゲルギエフ
管弦楽:マリインスキー歌劇場管弦楽団
演出:ジョルジオ・バルベリオ・コルセッティ
10月10日(月・祝) 14:00
10月12日(水) 18:00
東京文化会館
■予定される主なキャスト
フィリッポ2世:フェルッチョ・フルラネット
ドン・カルロ:ヨンフン・リー
ロドリーゴ:アレクセイ・マルコフ
宗教裁判長:ミハイル・ペトレンコ
エリザベッタ:ヴィクトリア・ヤストレボヴァ
エボリ公女:ユリア・マトーチュキナ
※キャストは変更になる場合がございます。最終的な出演者は当日発表となります。
■入場料(税込)
10月10日(月・祝)14:00
S=¥45,300 A=¥38,800 B=¥29,100 C=¥21,600 D=¥12,900
10月12日(水)18:00
S=¥43,200 A=¥36,700 B=¥27,000 C=¥19,400 D=¥10,800
マリインスキー・オペラ 来日公演2016公式HP
http://www.japanarts.co.jp/m_opera2016
●チケット2次発売:6月25日(土)
詳細:http://www.japanarts.co.jp/m_opera2016/ticket.html
問:ジャパン・アーツぴあコールセンター03-5774-3040
■〈歌曲(リート)の森〉 〜詩と音楽 Gedichte und Musik〜 第20篇 フェルッチョ・フルラネット(バス)
10年7日(金) 19:00 トッパンホール