オッコ・カム(指揮)

 もっと美しく磨かれた孤高へ…。北欧フィンランドの巨匠シベリウスの生誕150周年を迎えた今年、日本でも国内外のオーケストラによる熱いシベリウス演奏企画が続く。なかでも、オッコ・カム率いるフィンランド・ラハティ交響楽団を迎え、全7曲を味わい尽くす『シベリウス交響曲サイクル』は、この作曲家の音宇宙をどこよりも熟知するオーケストラが贈る、今季最高のシベリウス体験になるだろう。
 かつてラハティ交響楽団の名を世界へ響かせたのは、オスモ・ヴァンスカと共に完成させた『シベリウス交響曲全集録音』(BISレーベル)だった。2008年まで首席指揮者を務めたヴァンスカは、北欧でも比較的目立たない存在だったこの楽団を徹底的に鍛えあげ、精緻な表現を要求するシベリウスの独創的な楽譜を、どこよりも厳しく美しく表現し得るオーケストラへと押しあげた。その成果は、1999年の楽団初来日で敢行された交響曲全曲演奏会の成功でも、日本のシベリウス愛好家に深い印象を残している。
 あれから月日が経ち、ラハティ響はヴァンスカからユッカ=ペッカ・サラステへ、そして2011年から名匠オッコ・カムへと受け渡されてきた。「ヴァンスカは実に素晴らしい仕事を成し遂げたと思います!」と、今年70歳を迎えたオッコ・カムは穏やかな笑顔で語る。「彼の時代に新しいホールが本拠地であるラハティに出来たのも大変重要な成果です」と言うように、新設されたシベリウス・ホールの美しい音響はオーケストラの能力をさらに拓き、ますます深い表現へと拡げてきた。
 そして今年11月、カム&ラハティ響は満を持して東京で『シベリウス交響曲サイクル』を開催する。
 「東京オペラシティ コンサートホールで何度も指揮してきましたが、とても大好きな空間です。ラハティと同じく“木のホール”ですし、まさにそれ自体が楽器のようですよ!」とカムも愛する美しいホールに、シベリウスの交響曲全7曲(と人気のヴァイオリン協奏曲も)をたどってゆく旅路がひらく。
 「ラハティ響は技術的にも精神的にも、シベリウス演奏に必要な全てを身につけています。世界の卓越したオーケストラに無いもの─シベリウス独特の音色を生む、“多彩可変”なサウンドを持っているからこそ、自然な呼吸も生きるのです」とカムは言う。
「主眼をおくべきは“作曲家が書いた通りに響かせること”。そこには主観も入ってしまいますけれども、我々は作曲家の意図に忠実な“ドキュメント”を残していくべきだと思うんです」
 カムは子供の頃から、フィンランドのシベリウス演奏伝統の中で育った人でもある。
「父はシベリウス自身も指揮したオーケストラでコントラバスを弾いていました。僕も小学校に上がる前から、父の楽器の後ろで小さな椅子に隠れてリハーサルを聴いていましたよ」
 やがて、彼もオーケストラのヴァイオリン奏者として活躍を始める。
「その頃が、技術的にも音楽的にも世代交代の時期だったと思います。現代のシベリウス演奏は、新しい世代が作りあげてきたものです」
 その先導となってきたのがラハティ響であり、世界の楽団が優れた技術水準へ達した今も、シベリウス演奏には独特の熟練が必要とされる。
「先日もドイツでシベリウスを指揮したんですが、大変でしたね。交響曲第5番の第1楽章も、前半からテンポを切り替えて終わりまでどんどん加速してゆくあたりの感覚など、シベリウスの音楽に対するセンスを持って生まれたようなオーケストラでないと理解し難いと思う。非常に大切なポイントは“語ること”です。音楽を演奏することは、物語を“語る”ような行為であると思います」
 シベリウスを“語る”こと。カム&ラハティ響の演奏を聴くと、吟味された深い透明感と精緻な厚みとが、驚くほど自然に、聴くものの胸へと響き沁みてくる。温厚な人柄が広く愛される名匠の人間性もまた、楽団から深く親密な呼吸をひきだしているだろうか。人智を越えた、カムいわく「天の音楽!」が、人と永遠とを精緻に溶けあわせてゆくような時間を切り開いてゆく。豊かな歌と響きにこめられた、心こまやかな“語り口”を堪能したい。
取材・文・写真:山野雄大
(ぶらあぼ + Danza inside 2015年11月号から) 

オッコ・カム(指揮)
フィンランド・ラハティ交響楽団
生誕150年記念 シベリウス交響曲サイクル
11/26(木)19:00 交響曲第1番、第2番
11/27(金)19:00 交響曲第3番、ヴァイオリン協奏曲*、交響曲第4番
*ヴァイオリン:ペッテリ・イーヴォネン
11/29(日)15:00 交響曲第5番、第6番、第7番
東京オペラシティ コンサートホール
問:東京オペラシティチケットセンター03-5353-9999
http://www.operacity.jp