本堂竣哉が「ゴルトベルク変奏曲」に託す現在地――TOPPANホールのベーゼンドルファーと紡ぐ特別な一夜

 昨年の初夏、本堂竣哉がTOPPANホールで弾いた武満、シューマン、バッハによるシンメトリックなプログラムは忘れ難い。北見に生まれた20代前半の音楽家の、おそらくは心の深くを照らす作品が綿密に織りなされていった。

 まんなかにはバッハがあり、その音楽はかれが5歳のときに聴いたというグレン・グールドの「ゴルトベルク変奏曲」から、尽きせぬ鉱脈としてその精神のうちに流れ続けてきたものだろう。北の偉才の1955年盤のピアノの記憶を端緒として、やはり運命的な出会いとみられる小林道夫のチェンバロ演奏とレッスンをきっかけに、かれは自身の「アリアと変奏」の探求へと導かれていった。かれが敬愛する大江健三郎の小説になぞらえるならば、私がとくに好きな短篇連作に響く『新しい人よ眼ざめよ』という言葉がぴったりだろう。

 第9回野島稔・よこすかピアノコンクールの本選で、本堂竣哉がこの大曲を演奏し、第1位を得たのは2022年のこと。そして、いまベルリン留学を前に、心から期して臨むのも他ならぬ同変奏曲だ。時代も人生も変容しようが、変わらぬものはバッハの宇宙、そしてかれの心の内にある。昨年TOPPANホールにやってきたベーゼンドルファーは、1909年製のModel 250で、本堂にとっても演奏の至福を叶えるのに相応しいピアノであるようだ。

 さまざまな人生の時がこの夏の夜に結ばれ、本堂竣哉、バッハ、そしてベーゼンドルファーの三者が、三位一体の豊かな調和を奏でるものと思われる。音楽はそこに生まれる。

文:青澤隆明

(ぶらあぼ2026年7月号より)

本堂竣哉(ピアノ)×ベーゼンドルファー Model 250
7/23(木)19:00 TOPPANホール
問:TOPPANホールチケットセンター03-5840-2222
https://www.toppanhall.com


青澤隆明 Takaakira Aosawa

書いているのは音楽をめぐること。考えることはいろいろ。東京生まれ、鎌倉に育つ。東京外国語大学英米語学科卒。音楽評論家。主な著書に『現代のピアニスト30—アリアと変奏』(ちくま新書)、ヴァレリー・アファナシエフとの『ピアニストは語る』(講談社現代新書)、『ピアニストを生きる-清水和音の思想』(音楽之友社)。『ショスタコーヴィチを語る』(青土社)で、亀山郁夫氏と対談。そろそろ次の本、仕上げます。ぶらあぼONLINEで「Aからの眺望」連載中。好きな番組はInside Anfield。
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