郡 愛子(メゾソプラノ)

 今年デビュー40周年を迎えているメゾソプラノの郡愛子。その記念リサイタルは、来年にかけて、全3回にわたり行われる豪華版だ。
「本当は1回でと思っていたんですが、あれもこれもと考えていたら1回で収まらなくなってしまって。自分で言うのは図々しいかもしれませんけど(笑)、ぜひ3つの私の魅力を楽しんでいただきたいです」
 その第1弾は11月。題して「和の詞(ことば)、和の響(ひびき)、和の心」。
「実は日本語の歌が一番難しいんです。言葉だけを伝えようとしすぎてもだめ。息の流れや声の響きをきちんとコントロールしたうえで言葉や気持ちを伝えるのは簡単ではありません。自然に日本語を伝えられる歌を歌いたいですね」
 演奏曲目には日本歌曲、オペラから歌謡曲まで、幅広い日本の歌が並ぶ。新たな試みとして、無伴奏で歌う子守歌にも挑む。
「人が初めて聴く歌はきっと母親の子守歌だと思います。そんな人間の原点に戻るイメージ。語りを交えながら、話し言葉が自然に歌につながって、静かに語りかけることで、聴いている皆さんが耳をそばだててくれるようなステージにできればと思います」
 郡愛子のデビューは1975年、日本オペラ協会公演の三木稔《春琴抄》(初演)だった。経歴を簡単に紹介しておこう。
 母親は東京音楽学校(現・東京芸術大学)のピアノ科、父方の祖母も同校の師範科出身という音楽の素地のある家庭で生まれ、幼い頃からピアノを、やがてヴァイオリンを学んだ。歌は好きだったが、「愛子の声は低いから」という母親の判断で、声楽を勉強させてもらうことはなかった。しかしヴァイオリンで音大を受験するも不合格。「入試の時期がまだ間に合うから」という理由で進んだ桐朋学園の短大で声楽を学ぶ。もしヴァイオリンで合格していたら「メゾソプラノ郡愛子」は誕生しなかったかもしれないのだから、人生はわからないものだ。大学の研究科を卒業後、「憧れていた」という専業主婦の生活を経たのちに本格的に活動を始めた。
「リサイタルではいつも、構成を工夫したり、演奏だけではなくコンサート全体で何かが伝わるように心がけています」
 そんな、良い意味でのエンタテインメントに対するこだわりは彼女の際立った特質だ。それは活動全般にも、ぶれることなく反映されている。たとえば、原曲の外国語の歌詞よりも日本語のほうが意味が伝わると思えば、単なる訳詞の域ではない、オリジナリティあふれる日本語詞を自ら書き下ろす。1990年代初めに起用された自動車のCMをきっかけに、ポップスやシャンソンなどジャンルを超えた歌にもいち早く本格的に取り組んだ。
 当初はクラシック歌手の異ジャンル挑戦に否定的な声もあったが、そんなネガティブな見方を封じ込めたのは、あらゆるジャンルに対する彼女の自然なアプローチの歌のクオリティだったにちがいない。
「失敗しながらだんだんわかってきました。最初はいろんな歌い方を試してみましたけれど、結局クラシックと同じ歌い方で、でもコントロールして歌えばよかった。そんなさまざまなきっかけをいただいて今の私がある。自分一人だけだったら、全然ちがう方向に迷い込んでいたかもしれません」
 「短かった」という40年を、「若い頃は声のことや表現にばかりとらわれていて自分の心を伝えることができなかった。最近のほうが自分の思うようにきちっと歌える」と振り返る。歌が音楽キャリアと人生経験の積み重ねを映す。でも、特に声楽の場合は生身の喉が楽器だから、経験の蓄積と声の衰えとのせめぎ合いに悩む歌手は多いはず。こう断言できるのは選ばれた歌手だけだ。
 そんな彼女の40年の節目であり、次の節目への新たな一歩となるリサイタル・シリーズは、来年6月のオペラ・アリアや宗教曲による第2回、さらに来年11月のジャンルを超えた名曲による第3回と続く。「私自身がどきどきワクワクしています」というコンサート。私たちも大いに期待を膨らませて、思いっきり楽しみに出かけよう!
取材・文:宮本 明
(ぶらあぼ + Danza inside 2015年10月号から) 

郡愛子40周年記念リサイタル
“和の詞 和の響 和の心”
指揮:郡司 博 ピアノ:松本康子 尺八:田中黎山 箏:中島裕康
弦楽アンサンブル:中島ゆみ子と仲間たち 合唱:郡愛子40周年記念合唱団
11/22(日)14:00 東京芸術劇場 コンサートホール
問:サウンド・ギャラリー03-3398-5631

郡愛子40周年記念リサイタルⅡ
“柔和な響き〜メゾソプラノの魅力”
共演:藤原藍子(ピアノ)
2016.6/18(土)14:00 Hakuju Hall

郡愛子40周年記念リサイタルⅢ
“永遠のテーマ〜愛といのちを歌う”
共演:藤原歌劇団クァットロアリア(男声カルテット) 他
2016.11/20(日)14:00 よみうり大手町ホール
問:グローバルアーツ03-5981-9175

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