
ハンス・ウルリヒ・シュテープス(1909〜88)はリコーダー教則本の編者として知られるドイツの音楽教育者だが、もともとはヒンデミットに師事して作曲を学び、1950年代からリコーダーの新作も多数発表し、作曲家・演奏家としても活動した存在だ。敬愛を込めて、本CDの演奏者たちは〈現代リコーダーの父〉〈知られざる巨匠〉と呼ぶ。その作風はいわゆる前衛的作品ではなく、調性感のある伝統的なリコーダー音楽なのが特徴。
そんなシュテープスのリコーダー作品にスポットを当てて高橋明日香が録音してきたシリーズも3枚目の完結編を迎えた。
「リコーダーは芸術楽器、教育楽器、愛好家の生涯学習楽器の3つの側面のバランスが大切だと考えていますが、シュテープスの作品群のバランスと私の演奏活動のそれは同じなんですね。演奏活動でアンサンブルをやるうちに彼の作品と出会ったのですが、聴いたらすぐ分かる彼の和声の使い方に惹かれました」
その言葉通り、この第3集はリコーダーによるアンサンブル作品を集めている。どの曲も温かな楽器の音色を多彩に楽しめる。最初の四重奏「7つの笛の踊り」は様々な笛の名前から成る組曲で、小学生も演奏できる平易なアンサンブルなのに響きと演奏効果は抜群! リコーダー演奏歴半世紀以上の筆者も「ああ、仲間と一緒にやってみたい…」としみじみ感じてしまう美しさ。そんな教育的作品から最高の技量を要求する作品まで、それぞれに魅力いっぱいの二重奏から五重奏が8作品。どれも新鮮な音楽の歓びに満ちている。
「音楽愛好家に良質な音楽を提供し、リコーダー演奏を通じて社会的交流に貢献したいという希望をシュテープスは持っていました。これらの曲を練習して親睦を深めるとしたら、それこそ彼の理念の実現です」
「コロナ禍以降、リコーダー人口が減っていて、それは絶対的にコンテンツ(演奏素材)が足りないからと言われます。その意味では20世紀後半に、これだけ多彩な作品群を生み出していた彼は凄い存在です」
なるほど、だから〈現代リコーダーの父〉〈知られざる巨匠〉なんですね。
このCDの最後に収録されているのは「理想郷の風景」という名の五重奏曲。これが実に良い! 共演は、田中せい子、ダニエレ・ブラジェッティら4人のリコーダー奏者たち。ドビュッシーへのオマージュが込められたこの曲こそ、卓越したリコーダー奏者だけが成し得る至高の美の響きだろう。これぞシュテープスの理念だった「高いクオリティの演奏」そのもの。
迷わず聴こう。聴けば分かるさ…。
取材・文:朝岡 聡
(ぶらあぼ2026年3月号より)
CD『ハンス・ウルリヒ・シュテープス作品集 Vol.III』
コジマ録音
ALM-3136 ¥3300(税込)


朝岡 聡 Satoshi Asaoka
フリーアナウンサー&コンサート・ソムリエ。テレビ朝日在籍時は「ニュースステーション」各種スポーツ実況などで活躍。1995年フリーになってからはクラシック・コンサートの企画・司会でも活躍中。クラシック音楽の興味深いポイントを軽妙な話術で展開するトークに定評があり、愛好者の裾野を広げる司会者として注目と信頼を集めている。近著に「イタリア麗しの庭園と館をめぐる旅」(産業編集センター)。東京藝術大学客員教授。


