ウィーン国立歌劇場 9年ぶりの日本公演いよいよ開幕!

 世界屈指の名門・ウィーン国立歌劇場の日本公演がいよいよ10月5日、東京文化会館にて幕をあける。オーケストラや合唱団、スタッフなど総勢300名以上が来日、まさに大掛かりな引っ越し公演だ。今年4月には俳優・中谷美紀の公式アンバサダー就任が発表され、9年ぶりに実現される日本公演への期待感が日に日に増していたが、初日を控えリハーサルの合間をぬって行われた開幕記者会見では、なごやかな雰囲気のなかにも、沸々とした高揚感が伝わってくる。登壇者は、ボグダン・ロシチッチ総裁、《フィガロの結婚》で指揮台にたつベルトラン・ド・ビリーと主要キャスト、そして主催者を代表して日本舞台芸術振興会 髙橋典夫専務理事。

左より:ハンナ=エリザベット・ミュラー(アルマヴィーヴァ伯爵夫人役)、ベルトラン・ド・ビリー(指揮)、ボグダン・ロシチッチ(ウィーン国立歌劇場総裁)、カタリナ・コンラディ(スザンナ役)、リッカルド・ファッシ(フィガロ役)、パトリツィア・ノルツ(ケルビーノ役)

 1980年の初来日以来、今回で10度目となる日本公演の演目は、「歌劇場を象徴する」豪華2本立てだ。いま最も引っ張りだこの演出家バリー・コスキーによって2023年に初演された《フィガロの結婚》、今年1月に死去したオットー・シェンク演出の《ばらの騎士》(1968年初演)。後者は1994年の日本公演で、カルロス・クライバーが指揮した伝説的な名演が語り草となっているが、今回はこの9月まで同劇場の音楽監督を務めていたフィリップ・ジョルダンがタクトをとる。

 ボグダン・ロシチッチ総裁はこの二人の演出家に共通項があると語る。
「劇場に対する深い愛情と非常に鋭い視線を持った演出家です。人間の魂、ユーモア、そういったすべてのものに対する洞察力に優れた方。2つのプロダクションの演出年には数十年の差がありますが、それらはとても近しい存在のように私は感じます。そこには古い、新しい、保守的、急進的というものはなく、良い劇場作品であるか、悪しき劇場作品であるかのみだということです。ですから今回、私たちが大事にしている2演目を日本の皆さんに聴いていただきたいのです」

左から3番目ボグダン・ロシチッチ ウィーン国立歌劇場総裁

 ベルトラン・ド・ビリーは歌劇場の名誉会員であり、劇場からも信頼厚い指揮者だ。「無人島に3作品を持っていくなら」1作目に《フィガロ》を選ぶのだという。モーツァルトの音楽性について次のように語った。
「ボーマルシェ(原作)の作品は政治色があまりにも強すぎたため、パリでは大スキャンダルとなりました。芸術家や作曲家たちが非常に勇気を持っていたことに目を見開かされますし、いまの世の中にもボーマルシェがいっぱいいてくれたらと思います。
 モーツァルトはダ・ポンテ(台本)の提案ではなく彼自身が考え、政治色をカットしてこの作品をウィーンに持ってきました。モーツァルトはその音楽に作品の本質をいれることができたのです。つまり、表面の競争的な音楽だけではなく、その下に流れるものが非常に深い。独裁的な人たち、あるいはその権力に対する皮肉だけではなく、現代に対する痛切な批判も含まれています」 

ベルトラン・ド・ビリー

 続いて出演者からは役柄、演出についてそれぞれの思いが語られた。今回のプロダクションは、彼らにとって「非常に難しい」と口を揃える。
 当初予定されていた配役から変更があり、アルマヴィーヴァ伯爵役はダヴィデ・ルチアーノが、スザンナ役は《ばらの騎士》ゾフィー役も務めるカタリナ・コンラディが演じる。

ハンナ=エリザベット・ミュラー(アルマヴィーヴァ伯爵夫人)
「伯爵夫人は本当に美しい役割です。寛容でとてもエレガント、多様性とそこに高貴な性格をもった女性で、正直な感情の発露をする人物だと私は捉えています。そしてモーツァルトは彼女に最も美しい音楽を与えてくれています。
 バリー・コスキーの演出はとても刺激的な旅でした。彼は歌手たちを理解し、歌詞、動きなどを熟知して、完璧なタイミングでそれらを表現していきます。すべてが一体となった特別なひとときがそこに出来上がっています」

カタリナ・コンラディ(スザンナ役/《ばらの騎士》ゾフィー役)
「スザンナの役柄は非常に現代的で、200年以上前に書かれた女性とは思えません。彼女は自らの手で自分の人生を築き、そしてフィガロの人生までも操り、ステージ上のみんなが彼女に影響されてしまうのです。
 バリー・コスキーの数々のプロダクションに出演してきましたが、非常に知性的で、エンターテインメント性に富んで、いまの時代を代表するオペラ演出家の一人です。演じる側は簡単ではないけれど、それだけの価値のある素晴らしい舞台を皆さんに観ていただけると信じています」

リッカルド・ファッシ(フィガロ役)
「私にとってここにいることは喜びであり、夢のようだとさえ言えます。この作品は大好きで、多くのインスピレーションを与えてくれるだけでなく、ジェットコースターに乗るような感情の起伏を皆さんと一緒に味わえます。フィガロは、喜びから悲劇の主人公になるかと思ったら、最後はスザンナとの愛の喜びにいたる…。この大きな落差は役者としても歌い手としても非常にやりがいがあり、緊張感を保つことの難しさを感じます。マエストロとも音楽的なレベルを保つため多くを話し、高い水準を保った演目になるだろうと楽しみにしています」

パトリツィア・ノルツ(ケルビーノ役)
「ケルビーノという役柄は常にカオスをもたらす存在で、彼が登場するたびに予期せぬ何かが起こります。すべてがジェットコースターのような展開です。コスキーの演出では大変なリハーサルを経て、ケルビーノの極端な部分があらわになっていきます。表層的ではない、より深い意味を含んでいることがお分かりいただけると思います。私はオーストリア生まれで、この歌劇場で育ちました。故郷のようなこの歌劇場と一緒に日本に伺えたことは大変光栄です」

 今回の日本公演は既報のとおり、2026年から3年間(予定)の休館にはいる東京文化会館での、改修前最後の引っ越し公演だ。会見ではいまの日本を取り巻く劇場問題について、改めて訴えかけた髙橋専務理事。
「引っ越し公演は50年近い歴史があり、日本の音楽史、音楽文化を彩ってきたと思いますが、これまで培ってきた劇場文化が衰退していってしまう懸念があります。日本で上演できないこの間に、中国や韓国に需要が移っていってしまうのではないか、危機感を募らせます。劇場問題は国や東京都へ訴えかけるような大きな話です。大袈裟かもしれませんが、今回の日本公演が今後の音楽界を占う契機となるのではないか、再度皆さんに考えていただきたいと思っています」

髙橋典夫(日本舞台芸術振興会 専務理事)


 一方で、ウィーン国立歌劇場は2024年12月に、子どもや若い世代のためのシアター「NEXT(Neue Staatsoper)」をオープンした。総裁はシラーの詩を例にあげ、「多くの人々と同時に分かち合うこと」が劇場の素晴らしさだと語る。
「ウィーン国立歌劇場が持つ歴史は時折、重すぎて押しつぶされそうになるほどですが、重要なことは、新しいものに目を向けオープンな劇場であることです。ウィーンでも、黙っていても聴衆がやってくる生やさしい状況ではありません。常に新しい観客を開拓するというたゆまぬ努力をしています。『オペラは死んだ』と言われて100年以上が過ぎましたが、私どもの歌劇場は常に満員御礼で、そういう意味では決してオペラは死んでいないのです」

ボグダン・ロシチッチ ウィーン国立歌劇場総裁

 そして次のようにも語る。
「ヨーロッパも経済は決して良い状況にありません。オーストリアしかりです。この国立歌劇場の“国立”とあるのは、“国のため”という意味ではありません。芸術活動は国が支える、そうでなければ税金を払っている方々すべてに、こういった素晴らしい最高のものを提供することはできないのです。だからこそ、『国立』という名称がついているのだと、 私は思っています」

 150年以上の歴史をもつウィーン国立歌劇場。今回の日本公演でこの名門が誇る舞台に酔いしれるとともに、この先の劇場文化にも想いを馳せる機会になることを願うーー。

ウィーン国立歌劇場 2025年日本公演

《フィガロの結婚》 
10/5(日)14:00、10/7(火)15:00、10/9(木)18:00、10/11(土)14:00、10/12(日)14:00 東京文化会館
演出/バリー・コスキー 
演奏/ベルトラン・ド・ビリー(指揮)、ウィーン国立歌劇場管弦楽団
出演/ダヴィデ・ルチアーノ(アルマヴィーヴァ伯爵)、ハンナ=エリザベット・ミュラー(アルマヴィーヴァ伯爵夫人)、カタリナ・コンラディ(スザンナ)、リッカルド・ファッシ(フィガロ) 、パトリツィア・ノルツ(ケルビーノ)、ウィーン国立歌劇場合唱団
演目/モーツァルト:《フィガロの結婚》全4幕

《ばらの騎士》 
10/20(月)15:00、10/22(水)15:00、10/24(金)15:00、10/26(日)14:00 
東京文化会館
演出/オットー・シェンク 
演奏/フィリップ・ジョルダン(指揮)、ウィーン国立歌劇場管弦楽団、ウィーン国立歌劇場舞台上オーケストラ
出演/カミラ・ニールンド(陸軍元帥ヴェルテンベルク侯爵夫人)、ピーター・ローズ(オックス男爵)、サマンサ・ハンキー(オクタヴィアン)、アドリアン・エレート(ファーニナル)、カタリナ・コンラディ(ゾフィー) 、ウィーン国立歌劇場合唱団
演目/R.シュトラウス:《ばらの騎士》全3幕

問:NBSチケットセンター03-3791-8888 
https://www.nbs.or.jp