指揮者王国フィンランドからとてつもない新星がやってきた。タルモ・ペルトコスキは2000年生まれ(!)。なんと25歳だ。同じフィンランド出身の若手クラウス・マケラよりもさらに4歳若い。もちろん、今回がN響初登場。日本のオーケストラを振るのも初めてだ。

これほどまでに若い指揮者がN響定期に招かれるのは異例のことだが、ペルトコスキのこれまでのキャリアを見れば、決して不思議なことではない。14歳で名伯楽ヨルマ・パヌラに学び、サカリ・オラモ、ハンヌ・リントゥ、ユッカ=ペッカ・サラステ、エサ=ペッカ・サロネンらフィンランドの名指揮者たちの薫陶を受け、2022年にはいきなりドイツ・カンマーフィルハーモニー管弦楽団の首席客演指揮者に抜擢された。さらにロッテルダム・フィルハーモニー管弦楽団首席客演指揮者、トゥールーズ・キャピトル国立管弦楽団音楽監督に就任し、あっという間に国際的なキャリアを積み上げてしまった。

今回、N響で披露したのは、同世代の友人でもあるダニエル・ロザコヴィッチを独奏に迎えたコルンゴルトのヴァイオリン協奏曲と、マーラーの交響曲第1番「巨人」というプログラム。6月20日、NHKホールでの公演に足を運んだ。コルンゴルトといえば、神童として知られた作曲家。マーラーは9歳になるかならないかのコルンゴルトが作曲したカンタータを聴いて「天才だ!」と叫んだという。神童ぶりではダニエル・ロザコヴィッチも負けていない。6歳になってヴァイオリンを始め、その2年後にはウラディーミル・スピヴァコフ指揮モスクワ・ヴィルトゥオージ室内管弦楽団との共演で公式にデビューしたというのだから、尋常ではない。前世紀の神童と現代の神童が時を超えてコラボレーションをするかのような趣だ。

コルンゴルトのヴァイオリン協奏曲では、ロザコヴィッチが清澄な音色で作品に横溢するロマンティシズムをあますところなく伝えた。とりわけ第2楽章は陶酔的。ペルトコスキはオーケストラから透明感のあるサウンドを引き出す。ソリストアンコールとしてバッハの無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第2番よりサラバンドが弾かれると、ペルトコスキはオーケストラの中に座って、じっと耳を傾けていた。

後半のマーラーの交響曲第1番「巨人」はペルトコスキのアイディアがふんだんに盛り込まれた快演だった。冒頭、指揮棒を構えても、なかなか曲が始まらず、沈黙が続く。「あれ?」と思うと、いつ始まったのかわからないように、そっと弦のフラジオレットが聞こえてくる。なるほど、これは世界の始まりの音楽ではないか。かつてマーラーはシベリウスとの対話で「交響曲とは世界のようでなくてはならない。すべてを包み込まなければならない」と語ったエピソードを思い出さずにはいられない。第2楽章のレントラーは切れ込み鋭く開始され、舞踊性を際立たせる。中間部は表情豊かで、まるで酒場の音楽のよう。消え入るような第3楽章から、第4楽章冒頭の一撃は強烈。強弱の表現やテンポの操作でしばしば意表を突く。最後はホルンらが立奏して、壮大な幕切れを迎えた。客席からは盛大なブラボーがわきあがり、楽員退出後も拍手がやまず、ペルトコスキのソロ・カーテンコールがあった。

ペルトコスキは新鮮なマーラー体験をもたらしてくれた。かつて聴いたことがない「巨人」だったことはまちがいない。おそらく共演を重ねれば、さらにペルトコスキはやりたいことを突きつめられるのではないだろうかという続編への期待も抱かせる。指揮者の世界には次々と若い才能が生まれているが、なにが起きるかわからないと思わせてくれる人はまれ。早くも次の来日が待ち遠しくなっている。
文:飯尾洋一
写真提供:NHK交響楽団
【公演データ】
NHK交響楽団 第2041回 定期公演 Cプログラム
2025.6/20(金)19:00 NHKホール
指揮:タルモ・ペルトコスキ
ヴァイオリン:ダニエル・ロザコヴィッチ
管弦楽:NHK交響楽団
コンサートマスター:郷古廉
♪コルンゴルト:ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 作品35
♪マーラー:交響曲 第1番 ニ長調「巨人」
[アンコール曲]
♪J.S. バッハ:無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ 第2番 ニ短調 BWV1004 ― 第3曲「サラバンド」

飯尾洋一 Yoichi Iio
音楽ジャーナリスト。著書に『クラシックBOOK この一冊で読んで聴いて10倍楽しめる!』新装版(三笠書房)、『クラシック音楽のトリセツ』(SB新書)、『マンガで教養 やさしいクラシック』監修(朝日新聞出版)他。音楽誌やプログラムノートに寄稿するほか、テレビ朝日「題名のない音楽会」音楽アドバイザーなど、放送の分野でも活動する。ブログ発信中 http://www.classicajapan.com/wn/