歌劇場仕込みの実力派・小林資典が読響と描くウィーンの響き【フェスタサマーミューザ2025】

INTERVIEW 小林資典(指揮)

©Gerardo Garciacano

 「ワルツ王」として誉高いヨハン・シュトラウスⅡ世(1825〜99)は、今年生誕200年を迎えた。7月に開幕するフェスタサマーミューザで読売日本交響楽団は、ドルトムント市立歌劇場の音楽総監督代理兼第1指揮者として活躍する小林資典(もとのり)とともに、「華麗なるウィーン、黄金の響き」と題したスペシャルな一夜を届ける(7/31)。ウィーンをテーマにしたこのコンサートの聴きどころを、ドイツの歌劇場での経験が豊富な小林が、オンラインのインタビューで語ってくれた。

オペラに魅せられて──本場ドイツで歌劇場の指揮者に

 千葉県浦安市出身。ジュニアオーケストラの活動が盛んな土地でクラリネットを吹いていた小林が声楽の魅力に開眼したのは、東京藝大指揮科に在籍していた時代だった。

「声楽科の学生の伴奏をする機会がたくさんあり、常に歌が近くにありました。やがて、歌劇場のシステムがヨーロッパで一番しっかりしているというドイツに留学したいと思ったのです」

 1998年に渡独し、ベルリン芸大でオペラ中心のレッスンを受けた。当然、夜は劇場に通うことになる。

「毎晩のようにオペラを観ていましたね。ある日、ベルリン・ドイツ・オペラでソプラノの名歌手、ミレッラ・フレーニが出演するチャイコフスキー作曲のオペラ《エフゲニー・オネーギン》を観に行ったのですが、手紙のシーンの後に30分近く拍手が鳴り止まなかったのです。本場ではこんなことが起きるのかと驚きました。いま思い出しても興奮します」

©読売日本交響楽団

 ドイツの歌劇場で働きたいという思いをますます募らせた小林だが、実践経験の少ない若手、しかも外国人が職を得るのは容易なことではない。そんな中、手紙よりも「直訴」が効くらしいと周囲から聞いた彼は、あちこちの歌劇場に直接電話をして、熱意を伝えた。結果、ライン・ドイツ・オペラでコレペティトゥアの職を得ることになる。

「レパートリーの数がとにかく多く、1日で14〜15本の舞台の準備を同時進行するようなこともありました。最初の数年はコレペティとしてひたすらピアノを弾いていましたが、人を育てようという寛容な雰囲気もあり、実践を通して多くを学びました。夜は毎晩公演を観て、周りの動きを観察していると自然に情報が蓄積されます。私はいま指揮者として企画やオーガナイズをする側にいるので、当時の経験が大いに役立っていると感じますね」

 徐々に指揮の経験を増やしていった小林は、2013年にドルトムント市立歌劇場の音楽総監督代理兼第1指揮者に就任。これまで数々のオペラやバレエを指揮してきた。

ドルトムント市立劇場でのカーテンコール ©MK
ドルトムント市立劇場でのカーテンコール ©MK

《こうもり》《ばらの騎士》で描くウィーン音楽の多面性

 そんなたたき上げの劇場人の小林と読響によるウィーン・プログラムは、一味違うものになりそうだ。

「ヨハン・シュトラウスⅡ世のオペレッタ《こうもり》は、すでに3つのプロダクションを指揮しました。この《こうもり》序曲はドイツの歌劇場のオーディションの定番で、音楽性に加えて、俊敏さや指揮のテクニックも問われます。個人的にも大好きな曲です。対する『南国のバラ』は叙情的なワルツで、こちらでは憂いをしっかり出したいですね」

 オペラで「バラ」といえば、やはりウィーンを舞台にしたリヒャルト・シュトラウスの《ばらの騎士》だろう。今回はこのオペラのハイライト版ともいえる組曲が演奏される。小林はR.シュトラウスのオペラとリートへの思い入れが深く、《ばらの騎士》は東京藝大の修士論文のテーマにさえしたという。

「シュトラウスは言葉と共に和声ありきなので、どの言葉がどういう色で鳴るかを入念に考えました。例えば、神様に関する言葉はたいてい変ホ長調というように、意図的に調性を選び、単語ひとつひとつに思いが込められています。《ばらの騎士》は楽しい音楽ですが、通底するテーマは深いですよね。モーツァルトもそうですが、表面上に流れている旋律や和声の下に実は言いたいことがあるという多面性、二重性がウィーンの作品の魅力だと思います。言いたいことが全部表に出ていなくてもいいというところが好きで、日本人の心に近い部分もある。ですから、指揮をするときは単なるショーピースにならないよう心がけています」

©読売日本交響楽団

 これらの作品の間に挿入されるのが、モーツァルトのピアノ協奏曲第20番。小林が「強い作品で、コントラストにもなる」と語る二短調の協奏曲を、ウィーン在住のピアニスト菊池洋子がどう表現するか、楽しみだ。

 小林資典と読響は2021年夏に「三大交響曲」などで初共演してから関係を深め、今回が5回目の共演となる。小林は読響について「表現の受け皿が大きく、引き出しが多くて、どういうアプローチでも応えてくれるオーケストラ。リハーサル中のコミュニケーションもダイレクトかつ純粋なものです」と高く評価する。ドイツの歌劇場で活躍する小林と読響のコンサートは、まさにウィーンの音楽の奥深い魅力を味わう夕べになるだろう。

取材・文:中村真人(音楽ジャーナリスト/ベルリン在住)
写真提供:ミューザ川崎シンフォニーホール

フェスタサマーミューザ KAWASAKI 2025
2025.7/26(土)~8/11(月・祝)

読売日本交響楽団
華麗なるウィーン、黄金の響き

2025.7/31(木)19:00 ミューザ川崎シンフォニーホール
(18:00開場/18:20~プレトーク)

指揮:小林資典
ピアノ:菊池洋子

プログラム
ヨハン・シュトラウスⅡ世:喜歌劇《こうもり》序曲
モーツァルト:ピアノ協奏曲第20番 ニ短調 K.466
ヨハン・シュトラウスⅡ世:ワルツ「南国のバラ」 op.388
リヒャルト・シュトラウス:歌劇《ばらの騎士》組曲
問:ミューザ川崎シンフォニーホール044-520-0200
https://www.kawasaki-sym-hall.jp/festa/

特集:フェスタ サマーミューザ KAWASAKI 2025
川崎の夏を彩るオーケストラの祭典が今年もやってくる!ホスト・オーケストラの東京交響楽団をはじめとする首都圏の10団体に加え、九州交響楽団が初登場。計11のオーケストラが日替わりで熱き競演をくり広げる。注目の指揮者陣には、東響の音楽監督として最後の出演となるジョナサン・ノット、東京シティ・フィル常任指揮者の高関健、神奈川フィル音楽監督の沼尻竜典、新日本フィルの前音楽監督・上岡敏之、日本フィルを指揮する下野竜也と名匠たちが揃う。一方、九響の若き首席指揮者・太田弦をはじめ、出口大地、熊倉優、松本宗利音(しゅうりひと)、小林資典(もとのり)とフレッシュな顔ぶれも。「サマーナイト・ジャズ」、歌とオルガンで楽しむ「真夏のバッハ」、小川典子がライフワークとする「イッツ・ア・ピアノワールド」など恒例企画ももちろん健在。熱い夏の到来が待ちきれない!