名門オーストラリア・バレエ団が5月30日から、東京にて15年ぶりの来日公演を行う。演目はルドルフ・ヌレエフ版の人気作『ドン・キホーテ』だ。5月26日に開幕記者会見が行われ、デヴィッド・ホールバーグ芸術監督、本作の指導を務める伝説のダンサー、シルヴィ・ギエム、そしてプリンシパルダンサーの近藤亜香とチェンウ・グオが登壇した。

オーストラリア・バレエ団は1962年設立。日本では68年の初来日以降、計6回の来日公演を行なっている。2021年には芸術監督に、アメリカン・バレエ・シアターやボリショイ・バレエ等で活躍した世界的なダンサー、デヴィッド・ホールバーグが就任して話題となった。メルボルンを拠点にしつつ世界中で公演を行い、23年シーズンには年間の公演回数が230回を超え、総観客動員数30万人を達成したという。
今回上演される『ドン・キホーテ』は、オーストラリア・バレエ団にとって欠かせないレパートリーの一つ。ルドルフ・ヌレエフ(1938〜1993)が同団のために1970年に振り付けし、その3年後にヌレエフ自身が監督、出演して映画化されたものだ。同団設立60周年にあたる2023年には、映像をもとに復元した舞台装置と衣裳でシーズンオープニングを飾っており、作品冒頭は映画のオマージュで始まる。


日本での公演についてホールバーグ芸術監督は次のように語った。
「これほどまでにバレエという芸術に対して敬意を持っている日本で公演ができることは非常に嬉しいです。2023年に東京バレエ団が『ジゼル』で(メルボルンにて)ツアーをしてくださった時からのコラボレーションということで、このような機会をいただけて嬉しいです。
シルヴィには“眼”となって、我々の『ドン・キホーテ』を監修してもらうという役割を担っていただきました。スタジオの中では、ダンサーがそれぞれの個性を生かして、自分らしくいることを許してくれたコーチです。ときに芸術監督やディレクター、振付家は型にはめようとすることがありますが彼女はまったくそうではなく、ダンサー一人ひとりの個性を生かして、それぞれの存在を認めた上で指導してくださったことがとても嬉しかったです」
かつてヌレエフによってパリ・オペラ座バレエ団のエトワールに任命され、直接指導を受けた経験を持つギエム。ホールバーグ芸術監督より直々にオファーを受け、2023年、そして今回とゲスト・コーチとして参加する。彼女の第一声はユーモラスなコメントで始まった。

「昔ちょっと踊っていました。日本は7年ぶりとなりますがよく来ていたので、最後が昨日のことのように思いますし、第二の故郷のように感じています。今回は、隣にいる“クレイジー”な方が一緒に手伝ってほしいということで来ました。
イタリアで犬などの動物と戯れている時に電話をくれて、『私たちと一緒に仕事をしたいですか?』と聞いてくれたのがとても気に入りました。私は回りくどい言い方よりもシンプルで単刀直入の方が好きなので、彼の質問の仕方にも優しさを感じ、ぜひ一緒にコラボレーションしたいと思いました」
彼女にとって、ヌレエフはどのように映っていたのだろうか。
「よく一緒に仕事をしていましたので、オーストラリア・バレエ団が彼の作品を上演することによって、彼の知性や賢さなどがちゃんと反映されると感じています。
ヌレエフ版はダンサーのポテンシャルを引き出す可能性を持っています。ダンサーはただ踊るだけでなく、人間らしさやキャラクターをちゃんと探り、作る。そこにちょっとの面白さが加わっているのがヌレエフ版だと思います。例えば、ダンサーたち自身がお芝居をする、演技をする余白を与えてくれたり、自分たちがどう役作りをすればいいのか、キャラクター同士の対話も自由に探させてくれます。ヌレエフ自身も、いつもではないですが、とてもユーモアにあふれる、面白くウィットに富んだ方で、まさにそれが作品に出ていると感じます」

ギエムのコメントにホールバーグ芸術監督は次のように付け加えた。
「シルヴィとヌレエフさんとの関係性が、今回コーチングしていただく上で重要でした。それがあったからこそ、その“ダンサーたちの人間らしさ”をより引き出してもらえていると感じます。『ドン・キホーテ』はとても高度なテクニックが求められるので、ともすると“サーカス”みたいになってしまいます。もちろんテクニックは重要で、それを魅せる作品になっていますが、やはり大枠としてまとめるのがダンサーたちの人間性だと思います」
ギエムにとって指導することは「とてもシンプルなこと」と語る。
「スタジオの中で何をしてもらいたいか、というのを考えることが大事です。それはダンサーにハッピーになってもらいたいということです。毎晩劇場に来てくださっているお客様に、素敵なギフトを与えるのは舞台上に立っているダンサーです。そのギフトをきちんと渡す責任を果たすには、そのためのツールが必要です。テクニックだけでなく、ダンサーたちが踊ることに心地よさを覚え、楽しみながら踊ることが重要です。稽古したり、役を作る過程は大変なことで、それは私が一番わかっています。それぞれのダンサーがどういう人間で、どこまで引き出せるのかを見極めるのが私の役割で、指導することによってダンサーが進化していくことを目撃できるのは、何ものにも代えがたい喜びです」
そのギエムに2023年に続いて今回と、2度指導を受けている近藤亜香(キトリ)とチェンウ・グオ(バジル)。5月30日の初日と6月1日に主演する。


近藤「私はテクニックのことは一回も言われたことがなく、いつもキャラクター性、キトリとしてどう生きるか、バジルとの関係性をお客様にどう伝えるか、という点に重きを置いて指導してくださいました。個人的にストレスを感じるところも、一つの型にはめずにいろいろと試してくださり、ダンサーとして自信につながる指導でした。シルヴィさん、デヴィッドを含めてサポートしてくれるバレエ団のチームがいるというのが大きくて、すごく自分の中で成長を感じていて、日本公演は本当に良いタイミングで帰って来られたと、主役を踊ることがとても楽しみです」

チェンウ・グオ「シルヴィ様は本当に我々にとって神様みたいな存在です。私が11歳の時、2001年に中国の国営放送でシルヴィさんが出演されていました。中国の国営放送なので、国が認めた人しか映ってはいけない、パフォーマンスしてはいけないので、どれだけすごい方なのだろうと思ったのを覚えています。
我々はプリンシパルダンサーなので、この先どうすればいいか、やはり迷うところですが、シルヴィさんは技術的にも精神的にも高めてくれますし、未来のダンサーたちをどう育てていくかを考えてくださいました。今までは、誰かに認められなきゃいけない、誰かを満足させ、喜ばせたいという想いが強かったのですが、彼女の指導を受けることによって自分というアーティストがやっと完成された、という感覚を覚えています。シルヴィさんと一緒に仕事ができるのは本当に夢のようですし、この夢が終わってほしくないと思っています」

Photo:Shoko Matsuhashi

Photo:Shoko Matsuhashi
会見後には一部リハーサルが公開され、5月31日の夜公演で主演を務める二人、ジル・オオガイ(キトリ)、マーカス・モレリ(バジル)が登場した。来日したばかりということもありゆったりとした雰囲気の中でリハーサルが進んだが、細かい振り、役柄としての心情や目線について、ギエムとホールバーグから細かい指導を受けていた。
なお、彼らが出演する舞台の開演前には、ホールバーグ芸術監督とシルヴィ・ギエムによるプレトークが予定されている。こちらも聞き逃せない。

オーストラリア・バレエ団『ドン・キホーテ』
プロローグ付き全3幕
2025.5/30(金)18:30、6/1(日) 12:00
キトリ:近藤 亜香
バジル:チェンウ・グオ
5/31(土) 12:30
キトリ:山田 悠未
バジル:ブレット・シノウェス
5/31(土) 18:30
キトリ:ジル・オオガイ
バジル:マーカス・モレリ
東京文化会館
指揮:ジョナサン・ロー
演奏:東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団
問:NBSチケットセンター03-3791-8888
https://www.nbs.or.jp/stages/2025/australia/