
3月に東京文化会館で新制作上演される《静と義経》(指揮:田中祐子、演出:生田みゆき)で、静役を演じる相樂和子は、次代の日本オペラを担う存在として注目を集めているソプラノ歌手だ。本人曰く「日本オペラの沼にどっぷりとつかっている」とのことだが、そもそも「オペラ」というものに目覚めたのは4歳の時だったそう。
「私は2歳から民謡を習っていたのですが、4歳の時にテレビでシューベルトの〈アヴェ・マリア〉を聴いて、民謡とは違う天上から響いてくるような声に魅了され、“オペラ歌手になりたい!”と思うようになりました。16歳から本格的に声楽を習い始め、国立音楽大学に入学。初めて観た日本オペラ作品は、日本オペラ協会公演の《春琴抄》で、これが“沼入り”のきっかけでした。続く2016年の《天守物語》では桃六役の大賀寛先生の歌を聴き、歌舞伎でも義太夫でもない、確かにオペラの発声なのにイタリア・オペラなどとはまったく違う世界観に衝撃を受けて、日本オペラ振興会オペラ歌手育成部に入ることを決めました。今でもあの時の大賀先生の声は私の中に残り続けていて、現在は郡愛子先生にご指導いただき、日本語でオペラを歌うことに力を入れて勉強しています」
これまでに日本オペラ協会公演で相樂が演じたのは《源氏物語》の紫上、《ニングル》のミクリなどだが、静はまた違う個性を持つキャラクターだ。
「なかにし礼先生がお書きになった台本で静は確かに、義経への愛を死ぬまで貫くという覚悟と強さを持った女性ですが、一方で、第2幕から第3幕へと進むにつれて、静は義経への盲目的ともいえる愛のためにトランス状態に入っていくんですね。それを作曲の三木稔先生は十二音音楽で表現しています。そこにただ強いだけではない、静の女性としてのリアルさが表れている気がします」
歌舞伎やドラマにもなっている物語であり、オペラでも観どころ・聴きどころは多い。有名な義経との「吉野山の別れ」、頼朝の前で義経を思い「賤の苧環(しずのおだまき)」を歌い舞う場面、子どもを取り上げられた静が鼓を打ちながら子守唄を歌う場面。そして第3幕最後に静が死に際して歌うアリアに、「過去を顧みたり、また現実に戻ってきたり、と何層にも思いが重なることで、静が求めていたものの総決算となっている」と語る相樂は、静を演じるために謡や仕舞、小鼓を習っているという。音楽と役に対してどこまでも真っ直ぐな相樂和子だからこそ、きっと見たこともないような新しい静像を生み出してくれるにちがいない。
取材・文:室田尚子
(ぶらあぼ2025年2月号より)
日本オペラ協会公演 日本オペラシリーズNo.87《静と義経》
ニュープロダクション(全3幕、字幕(日本語/英語)付き日本語上演)
2025.3/8(土)、3/9(日)各日14:00 東京文化会館
問:日本オペラ振興会チケットセンター03-6721-0874
https://www.jof.or.jp
※相樂和子は3月9日公演に出演。配役などの詳細は上記ウェブサイトでご確認ください。