In memoriam エディット・マティス

Edith Mathis 1938-2025

 20世紀後半を代表する歌手の一人で、スイス出身のソプラノ、エディット・マティスが、87歳の誕生日を2日後に控えた2月9日、ザルツブルクで亡くなった。

 1938年ルツェルン生まれ。1957年に同地の市立劇場でデビュー。ケルン歌劇場との契約を皮切りに、ベルリン・ドイツ・オペラ、ザルツブルク音楽祭、グラインドボーン音楽祭、ハンブルク歌劇場などに出演。カール・ベームやカルロス・クライバー、ヘルベルト・フォン・カラヤンといった名指揮者と共演を重ね、透明感のある美声で世界的に人気を博した。ウィーン国立歌劇場《魔笛》のパミーナが当たり役だったほか、《フィガロの結婚》、《ドン・ジョヴァンニ》はじめ、特に定評のあったモーツァルトや、R.シュトラウス《ばらの騎士》などで、徐々に役の幅を広げていった。

 マティスを語るとき、特筆すべきはリートや宗教曲の分野でも第一人者であったということである。多くの録音を残したが、とりわけカール・リヒター指揮ミュンヘン・バッハ合唱団&管弦楽団とのバッハのカンタータや受難曲での気品のある歌唱が印象深い。

 日本デビューは、日生劇場のこけら落とし公演でもあった1963年のベルリン・ドイツ・オペラ《フィガロの結婚》。カール・ベーム指揮でクリスタ・ルートヴィヒなど錚々たる名歌手が出演するなか、可憐なケルビーノ役で聴衆を魅了した。その後も1970年の《ファルスタッフ》《魔弾の射手》(日生劇場)等で定期的に来日。リートのリサイタルも行うなど、日本の音楽ファンにも親しまれた。また、1990年代後半からは、草津夏期国際音楽アカデミー&フェスティヴァルにもたびたび参加し、マスタークラスの講師を務めた。

 多くの録音に恵まれたマティスだが、2018年には80歳を記念した7枚組CD『エディット・マティスの芸術』がドイツ・グラモフォンから限定発売された。バッハのカンタータ、モーツァルトのレクイエム、マーラーの交響曲、シューマンやブラームス、ヴォルフの歌曲など、文字通り彼女の幅広いレパートリーと優れた音楽性を示す内容となっている。類まれなるリリカルな声質と洗練された芸術性で、多くの音楽ファンの記憶に残る稀有な存在であった。

 教育者としては、1992年から2006年までウィーン国立音楽演劇大学でリート&オラトリオ科の教授を務め、また、近年もザルツブルク・モーツァルテウムの夏期アカデミーやシュレスヴィヒ=ホルシュタイン音楽祭をはじめ、世界各地でマスタークラスを行うなど、多くの後進を育成した。