あの日の記憶を心に灯して 〜ピアニスト小井土文哉が高崎芸術劇場に登場

©井村重人

 ピアニストの小井土文哉が高崎芸術劇場「T-Shotシリーズ」でリサイタルを開く。このシリーズは芸術監督の大友直人の発案により、将来性のある若手演奏家のリサイタル開催とともに、ホールの響きを生かした録音を行い、CDおよびDVD化するというもの。公演はラジオでも生放送され、演奏直後に大友とのトークも行う。

 「高崎の素晴らしいホールでお客様を前に演奏できるのが楽しみですし、ラジオでお話することも好きなので、貴重な機会をいただきました」と小井土は目を輝かせる。

 2018年の第87回日本音楽コンクールで優勝、翌年には海外でのコンクールにも初挑戦。そのヘイスティングス国際ピアノ協奏曲コンクール(英国)でも優勝を果たし、コロナ禍を経た今、まさに飛躍の時を迎える。

転機となった震災の経験

 そんな小井土には重要なターニングポイントと言える体験があった。

 「僕は岩手県釜石市の海に近い中学校に通っていたのですが、中学3年の3月に東日本大震災がありました。津波を目の前にし、街のインフラは完全に破壊されてしまった。夜になると、人工的な明かりや音のまったくない、本当の暗闇と沈黙が広がりました。それが強烈に印象に残っています。

 3歳から続けていたピアノはそこで一旦中断、高校は進学校に進んだこともあり、もう音楽の道は考えていませんでした。しかし半年ほど経った秋、被災地支援で訪れた音楽家のコンサートで久しぶりに生の演奏に触れたのです。その瞬間、全身に音楽が染み入るような感覚があって、いつか自分も音楽を届ける側になりたいと思うようになりました」

 進学校で理系を選択しつつも音大に進むことを決め、高校3年で腕試しに受けた全日本学生音楽コンクール東京大会で優勝を飾る。その際に演奏したのはスクリャービンのソナタ第2番「幻想ソナタ」だった。

 「初めて弾いたスクリャービンのソナタでしたが、かつて海の近くで体験した真の暗闇と強くリンクし、すっと馴染むものを感じました。それまではどこか“習い事”の範疇でやっていたピアノが、自分自身と深く繋がり、音楽表現へと結びついた最初の体験で、自分にとって大きなターニングポイントとなりました」

 有機的な美、無機的な美

 以来、スクリャービンは小井土にとって重要な作曲家の一人となる。今回のリサイタルの中心にもスクリャービンのソナタ第3番を据え、同じ調性で書かれたシューマンのソナタ第1番と並べた。

 「この2曲を並べてみたいという思いが強くありました。どちらも嬰へ短調で書かれていますが、内容や方向性はまったく異なります。シューマンのソナタは、人間の感情が渦巻くドラマ。感情の爆発が連続していくような作品です。一方のスクリャービンのソナタは人間の感情ではなく、宇宙の恒星の爆発のような煌めきがあります。シューマンが有機的な美であるならば、スクリャービンは無機的な美の音楽だと、僕は捉えています」

 前半はフランクの「前奏曲、フーガと変奏曲」と、フォーレのノクターン第6番も選曲。

 「この2作品も、人間的世界観というよりは、宗教的、無機的な美を持つと感じています」

 小井土のロジカルな知性とリリカルな感性とが十分に発揮されるリサイタルとなりそうだ。彼の“現在”を記録するT-ShotのCDにも期待が高まる。
取材・文:飯田有抄
(ぶらあぼ2025年1月号より)

高崎芸術劇場 大友直人 Presents T-Shotシリーズ vol.15
小井土文哉 ピアノ・リサイタル
2025.1/22(水)13:30 高崎芸術劇場 音楽ホール
問:高崎芸術劇場チケットセンター027-321-3900
https://www.takasaki-foundation.or.jp/theatre/