藤木大地が自身の半生を振り返るリサイタルを開催

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人生の節目を彩った全20曲を披露

 『Encounter-tenor ~カウンターテナーとの出逢い~』と銘打ち、藤木大地がみずから選曲する浜離宮朝日ホールのリサイタル企画も2025年で3回目を迎える。ちょうど1月17日の公演は藤木の45歳の誕生日ということで、これまでの人生を振り返る特別なプログラムが予定されている。

「45の2倍は90ですから、人生のちょうど半分というリアルな数字ですよね。歌手のキャリアを考えても、いつ声が出なくなるかはわからない。歌えるうちに聴いていただきたいという思いで、自分史を軸にプログラムを構成してみました」

 人生の節目となった1曲1曲に思い出は尽きない。たとえば、メルカダンテの「星」は、イタリア留学中の苦しい日々の記憶と結びついているという。

「24歳、イタリアに短期留学してテノールとしての訓練をやり直そうとしていた時期に、先生から課題としていただいた曲でした。2ヵ月間ひたすら『星』ばかり歌っても全然うまくいかず、うずくまっていて、本当に苦しかった。最後のレッスンでようやく先生のおっしゃる通りのことができたとき、ずっと見ていてくれた留学仲間の4人のうちの誰かが、うしろから無言で肩を叩いてくれたんです。それは誰だったんだろうなと、今でも思うんですけれど」

 その後、ウィーン留学中に風邪をひいたことがきっかけで、カウンターテナーの声を“発見”することになった藤木。そのとき仲間たちに聴いてもらったのがヘンデルの「オンブラ・マイ・フ」だった。

「当時は裏声で歌える曲をこれしか知らなかったので、ローマに住んでいた園田隆一郎さんにピアノを弾いてもらって歌ったり、平野和さんやマーティン・カッツさんにも聴いていただきました」

「日本語の歌を歌うことは自分の使命」

 今回のプログラムの半分が日本人作曲家の作品であることも、藤木の活動を物語っている。

「日本語の歌を歌うことは自分の使命だと思っています。とくに戦前から20世紀半ばにかけての歌などは、今自分が歌い継いでおかないと歌われなくなってしまうのではと。武満さんの『小さな空』は、24歳の誕生日に聴きに行ったコンサートで“なんて良い曲なんだ!”と思って以来、ずっと愛唱しています。武満さんはご存命の間にお会いしたかった作曲家のひとりですね」

 同時代を生きる作曲家とともに仕事をするのも藤木のポリシーだ。今回は、これまで委嘱してきた3曲に加え、本公演のために加藤昌則に委嘱した「風のうた」が世界初演となる。

「2015年に西村朗先生に『木立をめぐる不思議』を委嘱した際は、練習から先生に立ち会っていただいて、そのとき録音した音声がiPhoneに入っています。今もそれを聴きながら練習しつつ、最近はあえて楽譜を見ながら歌っています。楽譜に書いてあることに立ち戻って歌うことによって、新たな発見があるんです。今回委嘱した加藤さんには、とくに自分のリクエストは出さず、書きたいものを書いていただきました。上がってきたのは、いつもの加藤さんとはちょっと違う、しっとりした素敵な曲です」

盟友とともにあらたな節目を刻む

 共演のピアニスト、松本和将とは東京藝術大学の同期。これまでの藤木の活動を誰よりもよく知る相棒だ。

松本和将

「同期とはいえ同世代のピアニストたちから尊敬される存在で、そんな彼の輝きを見ていた当時の僕は、こうして長年一緒に演奏することになるとは思っていませんでした。うまくいかなかったときも、うまくいったときも、つねにそばで見ていてくれたのが松本さん。でもプライベートで一緒にご飯を食べたりはしないし、コンサートが終われば打ち上げもしないで勝手に帰っていきます(笑)。それだけ僕にとっては、気を遣わなくていい人なんです」

 今の藤木を作ってきた人との出会い、曲との出会いを追体験しながら、人生について思いを巡らせる時間になりそうだ。

取材・文:原典子

藤木大地 カウンターテナー・リサイタル 
Encounter-tenor 2025 ~カウンターテナーとの出逢い~

2025.1/17(金)19:00 浜離宮朝日ホール

出演
藤木大地(カウンターテナー)
松本和将(ピアノ)

プログラム
F.シューベルト:音楽に寄せて
G.ジョルダーニ:カーロ・ミオ・ベン
G.マルティーニ:愛のよろこびは
越谷達之助:初恋
R.シュトラウス:献呈
S.メルカダンテ:星
G.F.ヘンデル:オンブラ・マイ・フ
J.S.バッハ:「マタイ受難曲」より〈憐れみたまえ、わが神よ〉
B.ブリテン:歌劇《夏の夜の夢》より〈野生のタイムが咲き乱れる堤を知っている〉
R.ヴォーン・ウィリアムズ:静かな真昼
西村朗:木立をめぐる不思議(2015年 藤木大地委嘱作品)
加藤昌則:てがみ(2017年 藤木大地委嘱作品)、風のうた(世界初演/本公演委嘱作品)、もしも歌がなかったら
武満徹:死んだ男の残したものは、小さな空
A.ライマン:歌劇《メデア》より〈女は王のもとへ行ったのだ〉
木下牧子:シャガールと木の葉(2022年 浜離宮朝日ホール委嘱作品)、夢みたものは
村松崇継:いのちの歌

問:朝日ホール・チケットセンター03-3267-9990
https://www.asahi-hall.jp/hamarikyu/