特別な作品を尊敬するパートナーとともに

辻彩奈 ブラームス:ヴァイオリン・ソナタ全集

 ヴァイオリンとピアノのデュオは、歴史的録音から現在の演奏家に至るまで、多くの名コンビが生まれてきた。そして現代屈指のコンビと称えられ、その歴史に名を連ねると目される存在が、ヴァイオリンの辻彩奈とピアノの阪田知樹のデュオである。

 その彼らが初のアルバムをリリース。選ばれた作品は、ブラームスの3曲のヴァイオリンとピアノのためのソナタ。このデュオとアルバムについて、そしてブラームスへの思いを、辻彩奈に語ってもらった。

(C)Makoto Kamiya

—— 阪田知樹さんとのデュオについて

 室内楽でご一緒したときの演奏がすばらしく、私からリサイタルでの共演をオファーしたのがきっかけです。阪田さんは楽曲の分析に長け知識も豊富で、緻密に音楽を作り上げていくタイプです。私は対照的に感覚的で思うままにというタイプなのですが、ピアニストが音楽の流れや骨格を作るヴァイオリン・ソナタでは、阪田さんの緻密な音楽の上で自由に弾かせてもらっています。彼も一緒に弾くのが楽しいと言ってくれて、お互い楽しく気持ちよく音楽ができている、と願っています(笑)。

—— 最初のアルバムにブラームスを選んだねらいは?

 まず、ヴァイオリニストにとって大切な作品で、いつか録音したかったから。そして、阪田さんとは初共演時に3番、2022年のツアーで2番、その秋に1番という順番でブラームスを積み重ねてきて、初録音もブラームスと自然に決まりました。

—— ブラームスという作曲家について

 以前はブラームスに対して漠然と自分でハードルを上げてしまっていましたが、室内楽作品を弾いたりシンフォニーや歌曲を聴いて、とても人間らしいというか、誰しもある心の内面がストレートに描かれていて、それを素直に受け止めて表現すればいいんだと思うようになりました。ブラームスの純粋ですばらしいメロディを弾ける喜びは格別で、特別な作曲家です。本当にメロディメーカーだと思います。

—— 3つのヴァイオリン・ソナタについて

 ヴァイオリンパートは美しいけど、すごくシンプル。技巧的な要素や派手さがなくて、単旋律をどういう風に弾いたらいいか、という難しさがあります。ピアノにも独特の難しさがあるようですが、合わさると本当に美しいですね。

 個人的には1番が一番好きかもしれません。人の心、感情に近い気がします。寂しげなところもあって、美しいだけじゃない複雑な感情が描かれています。それを表現できたとき、音楽をやっていてよかった、と思える作品です。

 2番はツアーでも取り上げて、私たちが最もよく弾いている曲です。深刻さや複雑さというイメージは無く、あたたかくて心が解放される感覚になります。

 3番は劇的なところもありますが、派手に豪快に弾く音楽でもないし、その影や内面の表現が難しく、集中力の必要な作品。でもこの曲はピアノに助けてもらえます。いや、ピアノがメインと言ってもいいかもしれません。阪田さんは協奏曲的なデュオ作品の最高峰だと語っています。

 ツアーで3曲演奏したとき、これは1・2・3と弾いて完結する流れなんだな、と実感できました。本当に名作だと改めて思いますし、例えば1番1楽章の第2主題のような心が洗われる場面も多く、聴いていただく方にもそういう瞬間があればいいなと。

—— ブラームスを弾くとき、特別な感情はありますか?

 私は曲に入り込むタイプですが、ブラームスは感情を乗せやすいと思います。共演者によるところもあり、リハーサルを積み重ねても、舞台でどういう音楽になるかは即興的なもので、それが室内楽の醍醐味だと思います。私は共演者がどう弾くのか、その場でどう感じてくれたのかを大事にしたい。これはオーケストラとの共演であっても変わりません。だからこそ音楽って面白いと思うし、音楽で会話ができるのが楽しいんです。阪田さんはそういうことを一緒にできて、楽しいし勉強になるし、尊敬する音楽家です。

取材・文:林昌英


【Information】
『ブラームス:ヴァイオリン・ソナタ全集/辻彩奈&阪田知樹』

収録曲
ヨハネス・ブラームス:
 ヴァイオリン・ソナタ第1番ト長調 op.78「雨の歌」
 ヴァイオリン・ソナタ第2番イ長調 op.100
 ヴァイオリン・ソナタ第3番ニ短調 op.108
マリア・テレジア・フォン・パラディス:シチリアーノ 変ホ長調 

辻彩奈(ヴァイオリン)
阪田知樹(ピアノ)

ソニーミュージック
SICX-10021 ¥3300(税込)

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