トリオ・ヴェントゥス(ピアノ三重奏団)

風を巻き起こし続けるトリオの個性が光る刺激的な一枚

左より:廣瀬心香 ©Kaname Teruya/鈴木皓矢 ©Kaname Teruya/石川武蔵 ©Kaname Teruya

 廣瀬心香(ヴァイオリン)と鈴木皓矢(チェロ)らによってベルリンで2019年に結成された「TRIO VENTUS(トリオ・ヴェントゥス)」。ラテン語で「風」の名を冠するピアノ三重奏団は、22年に石川武蔵(ピアノ)を迎え、レパートリーを拡大しながらさらなる活躍を見せている。そんな彼らが今年、現メンバーでは初となるCDをリリースした。

鈴木「前回のCDはシューベルトとショスタコーヴィチをカップリングさせて作りましたが、今回はとことんロマンティックな作品に取り組みたかったんです」

 アルバムタイトルは『LUX(光)』。これは収録曲であるシューマンのピアノ三重奏曲第1番が大きく関わっているという。

鈴木「私にとってロマンティックといえばドイツ・ロマン派を代表するシューマンが一番に思い浮かぶし、何よりシューマンの音楽が好きなのでこの曲を推させていただきました。彼の言葉に“人間の心の奥底へ光を送ること、それこそが芸術家の使命である”というものがあるのですが、これがすごく心に残っていて…。いつか何かしらの形で使いたいと思っていたのです。今回シューマンを録音し、彼の言葉をタイトルにできたことでその想いが叶いました」

石川「他の曲はそれを軸に組み立てていきました。ラヴェルのピアノ三重奏曲はこのメンバーで何度か演奏してきたものです。また私の師であるジャック・ルヴィエもこの曲を録音しており、『いつか自分も…』と思っていました」

廣瀬「ヴェントゥスの公演では、現代の作曲家の作品を積極的に取り上げることを意識しています。そこで今回のCDにもそのような作品を入れたいと思い、シューマンの『子どもの情景』の引用もあることから、ヴォルフガング・リームの『見知らぬ情景 III』を選びました」

 結成のきっかけとこれまでの活動についても尋ねた。

鈴木「2019年にベルリンからそろそろ帰国するタイミングとなり、このままただ帰るのではなく、学んできたこと、これからやりたいことを追求する場を作りたいと思ったのがきっかけです」

廣瀬「ドイツと日本では感覚や空気が違いますが、日本で忙しく過ごしていたら気付かぬうちにそれを忘れてしまうのではと思いました。ドイツで学び感じたことを共有できるメンバーで音楽を深めていきたいなと」

 そして新たなメンバーとして加わったのが、パリで研鑽を積んだ石川であった。

鈴木「武蔵くんは同じ高校の一つ上の先輩で、もともと交流はありましたし、帰国後に様々な形で室内楽に積極的に取り組んでいることを知っていたので、ぜひお願いしたいなと」

石川「高校でも、また留学中も室内楽はとても身近でした。ライフワークとして続けていきたいと思っていて、自主企画でコンサートもしていましたし、加入のお話をもらったときはとても嬉しかったですね」

廣瀬「トリオ加入前から武蔵くんは、あまり日の当たっていない佳作を弾いていくことに力を入れていて、自分たちは知らなかったレパートリーをたくさん提案してくれます。またアンサンブルにおいては彼がフランスで学んだことと自分たちの音楽を合わせることでイメージの幅が広がりました」

鈴木「今回のCDはレパートリーや表現の広がりも感じていただけるはずです。録音にあたってはかなりライブ感を意識して演奏しているので、私たちのいまを知っていただけるものになっていると思います」

 今年の1月末には第33回青山音楽賞バロックザール賞を受賞するなど、さらなる活躍が期待されている「トリオ・ヴェントゥス」。妥協することなく常に挑戦し続ける彼らの音楽は、これからも多くの人々を魅了していくことであろう。
取材・文:長井進之介
(ぶらあぼ2024年4月号より)

CD『LUX』
日本アコースティックレコーズ
NARD-5084
¥3080(税込)