「四人組」、西村朗氏追悼の意を込めて
室内楽の夕べ、現代音楽を世界へ発信

文:池上輝彦(日本経済新聞社チーフメディアプロデューサー)

 同時代を生きる作曲家の作品を世界へ発信する「全音現代音楽シリーズその29 四人組とその仲間たち 現代室内楽の夕べ」が2023年12月21日、東京・上野の東京文化会館小ホールにて開催される。「四人組」とは現在、池辺晋一郎、新実徳英、西村朗、金子仁美の4氏。1994年から30年近く続くシリーズ公演だが、2023年9月には西村氏が69歳の若さで急逝した。今回は同氏の「カラヴィンカの歌 独奏チェロのための」をチェリストの山澤慧が追悼演奏する。今回ゲストの作曲家は長生淳。5人の作品から日本の現代音楽の今を聴ける貴重な機会だ。

全音が新作を委嘱し世界初演するシリーズ

 「四人組とその仲間たち」は、全音楽譜出版社(東京・新宿)が進める同時代音楽のプロモーション活動を象徴する室内楽コンサート・シリーズ。楽譜出版社が単独で毎年1回開く世界でも珍しい企画だ。当代を代表する作曲家陣に全音が新作を委嘱し、世界初演する。初演作品の楽譜は全音から出版され、日本の音楽文化を国内外に発信する。第6回以降は全曲が新作初演のプログラム。過去28回の中で延べ156人の作曲家、267人の演奏家が参加し、158作品が世界初演された。2023年で29回を数える。

 「何人組」と言えば、クラシック音楽ファンなら2つの作曲家集団が思い浮かぶ。一つはバラキエフ、ムソルグスキー、リムスキー=コルサコフ、ボロディン、キュイによる「ロシア五人組」。もう一つはミヨー、プーランク、タイユフェール、オネゲル、デュレ、オーリックによる「フランス六人組」だ。日本の「四人組」も音楽史上の2集団にあやかって名付けられた。四人組に加えてゲストの作曲家の作品も毎回演奏する。

 公演内容は毎年NHK-FM「現代の音楽」で放送している。1957年から続く現代音楽のラジオ番組で、直近までの解説者が9月7日に亡くなった西村氏。同氏の解説による最後の放送は9月10日で、生前収録分だった。シリーズ開始当初から「四人組」の一員として活躍してきた西村氏の急逝は日本の現代音楽界にとって大きな損失だ。同ラジオ放送を通じて幅広い層に現代音楽を分かりやすく解説してきた功績も大きい。

「カラヴィンカの歌」で西村朗氏の功績を偲ぶ

 コンサートでは西村氏の「カラヴィンカの歌 独奏チェロのための」と、西村氏のコンセプトをもとにした「オン・マニ・パドメ」をチェリストの山澤が演奏する。「カラヴィンカの歌」は、西村氏が音楽監督を務めた草津夏期国際音楽アカデミー&フェスティヴァル(群馬県草津町)で2017年8月、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団の首席チェロ奏者タマーシュ・ヴァルガが初演した。「カラヴィンカ」とは、仏教の極楽に住む人面の鳥で、美声で歌う。山澤のチェロの響きに期待がかかる。

西村朗

 筆者が西村氏へのインタビューで特に印象に残ったのは、「子供の頃に夢見たのは交響曲を作曲することだった」と語ったこと。現代作曲技法とともにアジアの伝統音楽も吸収し、独自のヘテロフォニーの作風を築いたが、根底には西洋音楽の古典形式への憧れがあった。交響曲のほか、音楽監督を務めた「いずみシンフォニエッタ大阪」のために室内交響曲も残した。2019年には新国立劇場の委嘱で作曲した新作オペラ「紫苑物語」が上演されて話題を呼んだ。西村氏の多彩な功績にも想いを巡らせたい。

池辺晋一郎、新実徳英、金子仁美に加え長生淳の新作

 四人組のメンバーでは、池辺の「ちろ そろ ちろそろ ハーモニカとピアノのために」が世界初演される。演奏はハーモニカが和谷泰扶、ピアノが石岡久乃。池辺の同コンサートでの新作は近年、様々な楽器を使用しており、今回はハーモニカが活躍する。軽妙な技巧と才気あふれる池辺らしい新作を期待したい。

池辺晋一郎

 新実の「荒地 ピアノと打楽器のために」は中川俊郎のピアノ、上野信一のパーカッションで世界初演となる。新実は宇宙や生命をテーマにした独自の世界観を持つ作品を数多く作曲してきた。そうしたユニークな世界を器楽で繰り広げるところに室内楽コンサートの魅力がある。彼の世界観がどのように深化しているか、新たな発見の楽しみがある。

新実徳英

 金子の「恒星 3Dモデルのための音楽 XIII ヴァイオリンのための」は、日本の現代音楽の最先端を確かめる機会だ。金子の作曲の基本にあるのは、作品の前に「作曲の方法」を創造することだという。「3Dモデルのための音楽」とは、3D立体モデルで作曲の要素を捉える独特の作曲思考法だ。近年この方法で作品を発表しており、今回は玉井菜採のヴァイオリン独奏で世界初演となる。

金子仁美

 さらにゲストの長生の新作は「モートゥス・アニミ 2人のサクソフォン奏者のための」。長生は吹奏楽作品を精力的に手掛けており、須川展也や田中靖人らサクソフォン奏者のための作品も書いている。今回の新作は彦坂眞一郎、彦坂優太の父子によるサクソフォンのデュオ。近年人気の吹奏楽で培ったセンスが現代音楽にどんなインパクトを与えるか注目だ。

長生淳

 コンサートはYouTubeでライブ配信され、アーカイブ配信も予定。だが会場へ行けば、一流の演奏家による現代音楽をより体感することができる。

全音現代音楽シリーズ その29
室内楽コンサート 現代日本の作曲家
四人組とその仲間たち
現代室内楽の夕べ

2023.12/21(木)19:00 東京文化会館(小)

曲目・演奏 ※当日の曲順とは異なります

池辺晋一郎:ちろ そろ ちろそろ ハーモニカとピアノのために 【世界初演】
演奏:和谷泰扶(harm.)、石岡久乃(pf.)

新実徳英:荒地 ピアノと打楽器のために 【世界初演】
演奏:中川俊郎(pf.)、上野信一(per.)

西村 朗:
オン・マニ・パドメ 独奏チェロのための
 ※西村朗のコンセプトをもとにした山澤慧による演奏
カラヴィンカの歌 独奏チェロのための
演奏:山澤 慧(vc.)

金子仁美:恒星 3Dモデルのための音楽 XIII ヴァイオリンのための【世界初演】
演奏:玉井菜採(vn.)

長生 淳:モートゥス・アニミ 2人のサクソフォン奏者のための【世界初演】
演奏:彦坂眞一郎(sax.)、彦坂優太 (sax.)

問:全音楽譜出版社03-3227-6280
https://www.zen-on.co.jp