【GPレポート】日生劇場が53年ぶりに取り組むヴェルディのオペラ《マクベス》が孕む危険な香り

 暗く陰鬱な中世スコットランドを舞台に、王位を奪うために暗殺者となり、それゆえに精神を病んで自滅する主人公を描いたシェイクスピアの『マクベス』は凄惨なストーリーを持つ悲劇だ。

 この戯曲がヴェルディの音楽によってオペラになった時、闇に流れる血の匂いまでもがするような奥行きがドラマに与えられた。ヴェルディの中でも独特の暗い魅力を持った音楽である。《マクベス》はヴェルディが音楽で真にドラマを描くことに目覚めた作品なのだ。

中央:今井俊輔(マクベス) 右:伊藤貴之(バンクォー)
田崎尚美(マクベス夫人)

 日生劇場は今年、開場60周年記念公演として、ケルビーニ《メデア》に始まるNISSAY OPERA 2023を主催しており、その中でも、同劇場の芸術参与で日本オペラ界のトップ演出家である粟國淳と、オペラと交響曲の両ジャンルを牽引する沼尻竜典の指揮で上演される《マクベス》は注目公演である。この記事では公演に先立って行われた初日(11/11)組の最終総稽古(ゲネラルプローベ)の様子をお伝えする。
(2023.11/6 日生劇場 取材・文:井内美香 写真:寺司正彦)

 舞台の幕が開くと、そこには曲がりくねった枝が絡み合う木のオブジェが三つ吊られており、青みを帯びた薄明かりの中に魔女たちが集まっている。幻想的な美術(アレッサンドロ・チャンマルーギ)にすぐに惹き込まれた。全体が暗いだけに、マクベス夫人の登場シーンなど、光の扱いによって大きな印象を与える効果がある。また国王殺害の場面は、ストーリーとしては王の就寝中の暗殺であるはずだが、赤と金が目に鮮やかな王座にいる国王をマクベスが刺し、その後のシーンでは、マクベス自身が同じ王座に座っているがその王座はすでに傾いでいる、という表現もあった。

 第2幕の最後で、自身が暗殺を命じたバンクォーの亡霊を見てマクベスが狂乱する大広間の宴席、第3幕の魔女たちの洞窟に戻ってきたマクベスが再び予言を要求すると8人の未来の王たちの幻影が現れる場面、その後に出てくる精霊たちの踊り、そして第4幕の冒頭でマクベスにスコットランドを追われた人々が祖国を思って歌う場面など、それぞれ台本のエッセンスを的確に表現した舞台であると感じた。

 歌手たちも粒揃いの演唱だ。マクベスを演ずる今井俊輔は深みのあるバリトンの声の持ち主で、秀でた武将でありながら、王の殺害という罪の重みに耐えかねる気弱な男を表現する。特に第4幕のアリアにおける絶唱は聴きどころだ。マクベス夫人は強靭な声と広い音域、そして夫をも凌駕する野心と、心のバランスを崩して夢遊病になり死に至る弱さを併せ持つ、ドラマティックな表現が必須の難役。田崎尚美はこの役を歌える声と知性を持った類稀な歌手であり、この日のゲネプロではどちらかといえば音楽的な精度に注力していたように思われたが、実際の公演ではそこに更なる演技の凄みが加わることと思う。

 バンクォーの伊藤貴之は優美なバスの声と品格のある歌唱で、悲劇に見舞われる父親役を好演。このオペラに輝きを添えるものにマクダフが歌うテノールのアリアがあるが、宮里直樹は美しいフレージングで歌い魅了した。マルコムの村上公太、侍女の森季子、医者その他の役を歌った金子慧一も適材適所。

宮里直樹(マクダフ)

 権力を得ようとする人間の愚かさと、それに巻き込まれる人々の悲劇。シェイクスピアとヴェルディ、ふたりの天才が描いた《マクベス》は、このテーマが普遍的であることを嫌というほど思い知らせてくれる。特に第4幕はC.ヴィレッジシンガーズが見事に歌った合唱曲〈虐げられた祖国よ〉の故郷を追われて彷徨う人々の足取りのようなリズム、そしてマクベスが人生の虚しさを嘆く最後のアリア、兵士たちの掛け声が響く戦闘シーン、そしてそれに続くマルコムとマクダフの勝利を宣言する歌まですべてが圧巻だ。最後のシーンが、勝利の喜びを歌っているはずなのに暗い音色を持ち続けているのは決して偶然ではない。繰り返されてきた悲劇がこれで終わりではないことがはっきり刻まれているのだ。沼尻竜典指揮・読売日本交響楽団の演奏も、それを示す強い色彩を帯びていた。

中央左:村上公太(マルコム) 右:宮里直樹(マクダフ)
左より:森季子(侍女)、金子慧一(医者)、田崎尚美(マクベス夫人)

日生劇場開場60周年記念公演
NISSAY OPERA 2023《マクベス》(新制作)


2023.11/11(土)、11/12(日)各日14:00 日生劇場

指揮:沼尻竜典
演出:粟國淳(日生劇場芸術参与)
管弦楽:読売日本交響楽団
合唱:C.ヴィレッジシンガーズ

マクベス:今井俊輔(11/11)、大沼徹(11/12)
マクベス夫人:田崎尚美(11/11)、岡田昌子(11/12)
バンクォー:伊藤貴之(11/11)、妻屋秀和(11/12)
マクダフ:宮里直樹(11/11)、大槻孝志(11/12)
マルコム:村上公太(11/11)、髙畠伸吾(11/12)
侍女:森季子(11/11)、藤井麻美(11/12)
マクベスの従者・第一の幻影 他:後藤春馬、金子慧一
ダンサー:西田 健二、吉﨑裕哉、中村駿、鈴木遼太、永森祐人、高橋佑紀、小川莉伯

問:日生劇場03-3503-3111 
https://opera.nissaytheatre.or.jp
https://opera.nissaytheatre.or.jp/info/macbeth2023/