世紀をまたぐウィーンの傑作で提示する伝統と革新
ティル・フェルナーがこの秋、いよいよウィーンで書かれた作品ばかりを集めてリサイタルを行う。シューベルトとシェーンベルク、モーツァルトとベートーヴェン。時代も様式も、気質も情感も、性格も思想も異なる傑作を通じて、西欧音楽の鉱脈と変容を訪ねる濃密な旅となる。
ウィーンきってのピアニスト、という形容などはしかし、フェルナーがもとより忌避し、執拗に異を唱えてきた常套句だ。名作とは普遍的なもの、演奏家は俳優のごとし、ウッディ・アレンのカメレオンマンみたいに——と、トッパンホールを訪れ始めた15年ほど前にも、彼は食えないことを言っていた。
それでも天才たちが創作を営んだウィーンの風土は、フェルナーの暮らす街と地続きで、まったく切り離されてもいない。そしてなにより、ウィーンの伝統と期待を一身に背負う新星として注目され続けてきたフェルナーの演奏にも、歳月や経験にふさわしい自信や安定もあってだろう、近年は自然な余裕と風格が滲み出るようになった。苛立ちや焦燥からも自由になって、敬愛する4つの名作にまとめて臨む心境や外的環境も満ちてきた頃合いだろう。
ともに独自の形式を探ったシェーンベルクの小曲op.19をシューベルトの即興曲D935が挟む。モーツァルトとベートーヴェンのウィーン時代の名作からは、ハ短調幻想曲K.475とハ長調ソナタ「ワルトシュタイン」の極めつきの傑作が組み合わせられる。普遍と固有の交じり合う作品の内実を見据え、独創的な革新と論理的な伝統を、名手はじっくりと明かしていくだろう。
文:青澤隆明
(ぶらあぼ2023年10月号より)
2023.11/24(金)19:00 トッパンホール
問:トッパンホールチケットセンター03-5840-2222
https://www.toppanhall.com
他公演
2023.11/22(水) 大阪/住友生命いずみホール(06-6944-1188)
11/26(日) 静岡音楽館AOI(054-251-2200)