コンクール入賞から一年、色彩豊かなピアニズム再び
横須賀市出身の国際的ピアニストである野島稔の名を冠した、「野島稔・よこすかピアノコンクール」。昨年5月に開催された第9回は予選から白熱、技巧がクローズアップされがちなコンクールにあって、このコンクールの高い精神性、加えて瑞々しい感性を持つ参加者たちの演奏に、開催直前に逝去した野島の遺産を感じた。第3位入賞の北原義嗣は国立音楽大学、同大学院で学んだ俊英で、古(いにしえ)の名匠たちが持っていた温かい抒情性を感じさせるピアニストである。北原の恩師たちの顔ぶれからも分かる、良質のDNA。本選では一瞬審査の場であることを忘れる、まるでコンサートを聴いているかのような演奏を披露。うっとりするシューマンや奥行きのある光輝なメシアンなど忘れ難い。
あれから一年。温かき知性派である北原の今回のプログラムには、「なるほど! そう来たか!」と唸った。まずJ.S.バッハのイギリス組曲、それも最終曲の第6番。プレリュードからどのように構築していくのか興味津々。そして北原が大切にしているシューマン。今回はノヴェレッテから選りすぐりの2曲で、瞬く間に詩的なドイツ・ロマン派の世界へワープさせてくれるだろう。続いてショパンの3つのマズルカ op.56、ラストはシューベルトの「さすらい人幻想曲」という流れに、音楽史や楽器進化の歴史の観点からも、多くを聴き取れる興味深い内容である。何より豊かな音楽を持っているピアニストゆえ、風薫る五月に相応しい公演となるだろう。
文:上田弘子
(ぶらあぼ2023年5月号より)
2023.5/20(土)14:00 ヨコスカ・ベイサイド・ポケット
問:横須賀芸術劇場046-823-9999
https://www.yokosuka-arts.or.jp