武久源造(チェンバロ&フォルテピアノ)

イギリス組曲の新たな可能性を求めて

 多才な鍵盤楽器奏者の武久源造が、進行中の〈バッハの錬金術〉シリーズの第3弾として『イギリス組曲(全曲)』をコジマ録音よりリリースした。本CDにおいては、楽器の弾き分け、当時の理論に基づいた多様な装飾、そしてバロック・ダンスとの結びつきという点での独自の取り組みが注目されよう。

 「今回は、第1番〜第3番を久保田チェンバロ工房製作(2020年)のルッカース・モデルのチェンバロで弾き、第4番〜第6番をジルバーマン・ピアノで弾いています。今まであるCDでは『イギリス組曲』全曲を聴くのに、全部チェンバロか、全部ピアノしかありませんでしたが、両方で弾くことによって、どちらも今までとは違う文脈で見えてこないかなと思っているのです。
 組曲第1番はフランス風で装飾がとても多く、まぎれもなくチェンバロのイディオムで書かれています。第2、3番もまだチェンバロの領域ですが、ピアノの要素がまじってきていて、第4番あたりからバッハがピアノにシフトしていることが感じられます。そして第6番はどう考えたってピアノでしょう! 半音階を駆使した最後のジーグはジルバーマン・ピアノでこそ表現できるのです」

 ジルバーマン・ピアノとは、1730〜80年代に主流だった初期のフォルテピアノで、バッハも関わったことがわかっている。武久はこれまでもバッハの「パルティータ」や「適正律(平均律)クラヴィーア曲集」などで用いてきた。

 もう一つ「イギリス組曲」の大きな特色だと武久が語るのは、楽譜から「演奏家としてのバッハの創造の現場」を読み取ることができるという点だ。

 「自筆譜が残っておらず、弟子たちの筆写譜を通して伝えられてきたために不完全な点も多いのですが、それはバッハが演奏の現場で書き留めていたものだったからであり、もし彼がこれを出版していたらきっと装飾なども補い、手を加えていたでしょう」と話す。そうした観点から、本演奏でも当時の慣習に則しつつ、随所に装飾を挿入したり、序奏を加えたり、工夫を凝らしている。

 加えて、今回彼が示したかったのは、バッハの作品の中でも「イギリス組曲」は実際に踊られる舞曲と特に結びついているということ。CDの録音と並行して、「イギリス組曲」をバロック舞踊のステップで踊れることを実践したDVDを、バロック・ダンサーの岩佐樹里らとともにクラウドファンディングによって制作した。

 こうしてあらゆる角度から「イギリス組曲」に取り組めたのはコロナ禍に作品とじっくり向き合えた成果だと武久は話す。次は「オルガン小曲集」の録音を考えているというが、そこでもきっと独自の観点からバッハの新たな面を浮き彫りにしてくれることだろう。
取材・文:後藤菜穂子
(ぶらあぼ2023年1月号より)

CD『バッハの錬金術 Vol.3 イギリス組曲(全曲) BWV806-811』
コジマ録音
ALCD-1214, 1215(2枚組)
¥3740(税込)