アンティ・シーララ(ピアノ)

作品の深遠な世界を表出する名手のピアニズム

(c)Tibor Bozi

 フィンランドが誇るピアノの名匠、アンティ・シーララが5年ぶりに来日し、ベートーヴェンの7番とシューマンの3番、2つの名ソナタを柱に据え、ハイドンとブラームスの佳品を配したリサイタルを開く。リーズ国際をはじめ、多くの登竜門を制し、常に世界の注目を集めてきた。「各々の作品と作曲家の世界、音楽の実在と本質をお届けしたい。これこそ、私が成すべきことだから」と語り、その真髄へと肉薄し続ける彼の“いま”を体感したい。

 コロナ禍について「不満や失望はあったにせよ、(演奏活動の休止で)少しの安らぎの時間を得て、幾つかの課題に集中できる機会を得たのも確か」。かたや、ロシアのウクライナ侵攻に関しては「この出来事は、意外なほど身近に感じている。この世には常に、多くの苦しみと残酷さが存在します。残念ながら、これからも続くでしょう。人々がこうした感情に対処できるようにしてくれるものこそ、音楽だと信じている」と語る。

 今回のプログラムは、すべての曲が“悲しみ”と“希望”、両方の要素を孕んでいるよう。シーララ自身は「作品に特定のメッセージを紐づけたくはない。解釈は常に多様であるべきだから」と前置きしつつ、「選んだ作品群は確かに悲劇的で、メランコリックな面があると同時に、それらと対照的な希望や喜び、さらにはユーモアを感じる瞬間も数多くある」という。

 幕開けには、「悲劇的な瞬間すら、ユーモアや意外性が見出せる…多様な表現に、常に魅了される」というハイドンの「アンダンテと変奏曲」。続くベートーヴェンのソナタ第7番も、ハイドンと共鳴する。「ハイドンの悲しみの表現と、ベートーヴェンの第2楽章の並外れた激しさとの関連は、確かに念頭にあった。第2楽章の暗闇から抜け出し、フィナーレの即興的な明るさへと進む楽聖の姿には、驚くばかり」と吐露する。

 さらに、彼が「敬愛してやまない」というブラームスの最後の作品「4つの小品」。「単純なものは何もない。後悔の中に優しさがあり、悲しみの中に安堵があり、作曲家の人生が終わりに近いことがこの音楽の中に表れているよう」。そして、締め括りに置いたシューマンのソナタ第3番は、スケルツォを置かない初版を選択した。

 「バランス的には後の版の方が良いのでしょうが、この版は、若い作曲家の荒っぽく躁狂的な気質を反映し、不安定ながらも、駆り立てていく様に魅力を感じる」

 ミュンヘン音大教授として、後進の指導にも力を注ぐシーララ。公演前日には、マスタークラスで奥義を伝授する。新たなレパートリーについて「未開の扉の向こうには、演奏される機会を待つ、多くの作品を生み出した別の作曲家がいる」としつつも、「幅広さの向こうに、もうひとつの次元=深みがある!」と、従来のレパートリーを掘り下げる重要性を強調。「ベートーヴェンのソナタでさえ、何日も、何週間も、何年も、その中に沈み込んでしまうほどの無限の緻密さと美を与えてくれる…決して、飽くことはありません!」と力を込めた。 
取材・文:寺西肇
(ぶらあぼ2023年1月号より)

アンティ・シーララ ピアノ・リサイタル 
2023.2/9(木)19:00 トッパンホール 
2022.12/19(月)発売
問:パシフィック・コンサート・マネジメント03-3552-3831 
http://www.pacific-concert.co.jp