2023年2月東京芸術劇場、3月愛知県芸術劇場にて上演される、全国共同制作オペラ《道化師》&《田舎騎士道(カヴァレリア・ルスティカーナ)》(新演出)の記者会見が、演出の上田久美子のほか、日本人出演者18名が登壇して行われた。
全国共同制作オペラは、全国の公共ホール・芸術団体などが連携して新演出のオペラを共同制作し、国内巡演するプロジェクト。これまでに、野田秀樹演出《フィガロの結婚》(15年)、笈田ヨシ演出《蝶々夫人》(17年)、森山開次演出《ドン・ジョヴァンニ》(19年)、昨年は演劇カンパニー「チェルフィッチュ」主宰の岡田利規演出の《夕鶴》など、話題公演を実現してきた。今年度は、22年3月に宝塚歌劇団を電撃退団した気鋭演出家・上田久美子が、フリー転身後、自身初となるオペラ演出に挑むことが話題だ。
「上流階級や神話の世界を描くことが多かったオペラ作品のなかで、あえて貧困層や農村の人々を主役にして描かれているヴェリズモ・オペラ。(19世紀末から20世紀初頭の)作品を創った当時の方々の、人間の真実や知らない世界を描いて驚かせようという意気込みを感じました。
当時のイタリアで大きな問題であった貧富の差、階級の差はいまの日本社会とかぶるものがあります。とはいえ日本の町を歩いていても、あまりそのようには見えないかなり不可視なもの。普段オペラの世界ではなかなか見ることのない現代社会の現実を、オペラの中に重ねて見せることができないかと考えました」
そこで上田は、舞台を現代の日本(関西)に設定し、文楽に着想を得てすべての役を歌手とダンサーが2人1役で演じ、歌手は語り部のように声のエネルギーでダンサーたちを動かすという設定を打ち出す。
「歌手は作品が書かれた当時のスピリットをイタリア語の歌詞で歌い、ごく日常的な格好をしたダンサーたちが現在の日本を身体で表現していきます。そうすることで、イタリアと日本、過去と現在が重ね合わさったような作品を創りたい」
また字幕にも上田なりのこだわりがある。
「オペラの醍醐味は音楽です。単純な言葉で言えない複雑な心情が、オーケストラの音色とともに直接的に伝わってくるのがオペラのすごさですが、その一方で、ストーリー展開が昔風なので、現代の私たちにとって物語の展開の示し方が合っていない。例えば『君を愛している』と通常30秒くらいで伝わることを、オペラでは繰り返して歌われます。
現代(いま)の人たちはネット社会で、速いスピードで情報を得ることに慣れています。今回は通常の字幕のほかに、現代日本に置き換えた、私が書き起こした関西弁の字幕をキャスト近くに映します。背景の情景やダンサーの展開で、お客様の興味を途切らせない形で、音楽に感情移入して物語を味わう、という“実験”がしたいのです」
公演ポスターやチラシも趣が異なる。大阪で撮影したというビジュアルに「みんなさみしいねん」というキャッチコピーをのせた。
「このポスターをみて普通のオペラではないぞ、と伝わっているのではないかと思います(笑)。オペラをあまり観ない人たちが住む、どこかの架空の町にポスターを貼ったら落書きをされたという設定です。当時、限定された層が観るオペラで庶民の世界を描いた作品の、一種ゆがんだ構造をイメージしました」
会見には、両作品に出演するほぼすべての出演者(歌手、ダンサー)が出席し、一人ずつ意気込みを語った。ダンサーたちには、加美男(カニオ)、寧々(ネッダ)、護男(トゥリッドゥ)、聖子(サントゥッツァ)と役名がつけられ、三井聡、蘭乃はな、柳本雅寛、三東瑠璃ら実力派が配されるのも見どころである。
出演者の一人で、上田とは宝塚で入団同期の蘭乃が、「上田さんの作品には、私たちが日頃もやもやしていたり、フタをして見ないようにしてきたことを、フタをこじ開けて突きつけてくるようなヒリヒリ感があります。(共演者にも向けて)かなりこだわりの強いタイプの演出家ですので、皆さん一緒に頑張りましょう!」と呼びかけていた。
このほか海外組として、カニオ(道化師)&トゥリッドゥ(田舎騎士道)役にアントネッロ・パロンビ、サントゥッツァ役(田舎騎士道)にテレサ・ロマーノが出演。指揮台にはオペラのスペシャリストであるアッシャー・フィッシュが立ち、盤石の体制で臨む。
出演者コメント
ネッダ:柴田紗貴子
ネッダ役という大きな役で、初めて全国共同制作オペラに出演することになり、興奮と緊張、喜びでいっぱいです。日本で上演し、日本に住む観客に伝える上で、日本を舞台に文楽を用いて、という上田さんの演出プランを聞けば聞くほど腑に落ちます。
トニオ:清水勇磨
トニオ役はバリトンにとって難しい役。
人間が、サーカスの中で仕事をしているが、そこで生きている。上田さんのコンセプトを読んで、セーフティネットとしてサーカスがあった——イタリアのフェデリコ・フェリーニが幼少期に自分の居場所が家の中になくて、サーカス団で食べていたことを思い出しました。サーカスは出生を言わなくてもいられる場所、これをどういう風に表現するのか。人間臭さをエッセンスとして歌い演じたい。
シルヴィオ:高橋洋介
出演者のなかで唯一、道化師の役ではありません。上田さんが思い描く劇団・大衆演劇を、お客様と同じ視点で外からみて、ある種、下に見たり、また自由に対する憧れを抱いてみたりする中で、ネッダと不倫します。深読み、裏読みが大好きなので、“ねじれ”を自分なりに解釈、かみ砕いてお客様に伝えていきたい。
加美男(カニオ):三井聡
さきほど上田さんから「これは普通のオペラではない」とありましたが、「これは普通のダンスではない」といまから感じています。普段身体で表現しているので、いまもそうですが、言葉で表現することは非日常です。ここから始まる「非日常」を、身体を使って、歌い手の方々と一緒に作品を作っていけたらと、いまからドッキドッキしています。
寧々(ネッダ):蘭乃はな
上田さんとは宝塚歌劇団で入団同期、劇団時代は上田さんの作品に出演できなかったのですが、念願叶ってご一緒できて嬉しいです。上田さんからは「蘭乃さんの狂気と生命力を爆発させてほしい」と言われていますので、期待に応えられるように頑張りたい。
富男(トニオ):小浦一優(芋洗坂係長)
芸人もやりつつ舞台を35年してきましたが、オペラは初めてでお話をいただいた時に「オペラ!」、その中でも「ダンサー!?」、何かの間違いじゃないかと・・・(笑)。ただずいぶん前に前世を見てもらった時に、スペインの大道芸人でヨーロッパを転々とする旅一座の人間だったと言われて、この作品にただならぬ運命、縁を感じています。
ペーペー(ペッペ):村岡友憲
特技はアクロバットとマーシャルアーツ。自分にしかできない身体表現で、この公演を全力で楽しんで臨みたい。
知男(シルヴィオ):森川次朗
いただいた参考資料と台本を照らしあわせると、なるほどここがこうすり替わるのか、と今からどういうリハーサルになるのかわくわくしています。シルヴィオはトニオとネッダの間に入る「間男」なので、対になる高橋さんに教えていただきながら深めていきたい。
ローラ:鳥木弥生(メゾソプラノ)
イタリアと日本、シチリアと関西とのリンク、共通点を考えてみると理路整然とした部分とテンションが高くなる部分、どちらもコミュニケーション能力が高いと思います。舞台でその部分をリンクさせ、対となる葉子さん役と良い仕事をしたいと思います。
アルフィオ:三戸大久(バスバリトン)
河瀨直美さん《トスカ》、森山開次さん《ドン・ジョヴァンニ》、岡田利規さん《夕鶴》と全国共同制作オペラに出演させていただき、今回宝塚出身の上田さんの演出で一番オペラに近いなと思って台本を読んだところ、一番遠いなと(笑)。皆さん仰っていたようにすごく腑に落ちる部分がたくさんあります。
ルチア:森山京子(メゾソプラノ)
この中では人生が長い役。生活の疲れもあるのでしょうが、若い人たちを見ながら「面倒くさいな」と、ルチアを歌う際にこう考えています。歌手は声と言葉とで演技をしますが、ダンサーの方は身体表現でパフォーマンスをされるので、私にとって刺激的な経験になるなと楽しみです。
護男(トゥリッドゥ):柳本雅寛
演出の上田さん、《田舎騎士道》の振付を担当される前田清実先生と打ち合わせを何度も重ね、先日ダンサー数名とプレリハーサルを行いましたが、すでに楽しくなる予感がしています。長くコンテンポラリー・ダンスの活動をしていますが、いろんなところから動き(所作、仕草、デフォルメ)を見出して、この美しい歌声のオペラの中で、人間臭さが化学反応を起こすものになると良い。奈良出身の上田さんと大阪出身の私、アイデンティティが作品に反映されればと思っています。
聖子(サントゥッツァ):三東瑠璃
聖子という役名をいただき、とても重要な役だなと感じています。台本を読んで、この冬はこのオペラに捧げたいなと。さきほど「こだわりの強い演出家」というお話がありましたが、私も身体に関してはこだわりが強い方です。こだわり抜いた身体で表現していきたいです。
葉子(ローラ):髙原伸子
上田さんが書かれた演出コンセプトの中で「人並みに生きられる人が、出会いたくないかもしれない醜さを提示したい」とあり、その一文を読んだ時にものすごく感じるところがありました。話の中の人間模様、人間であるがゆえの心情の複雑さを描いていけたらいいなと思っています。
日野(アルフィオ):宮河愛一郎
先日『パリ・オペラ座』の展覧会でオペラのブースがあり、オペラってすごく斬新で面白く、可能性が高いのだなと思いました。僕らダンサーはふだん言葉を使わずに身体表現をしていますが、観ていてこの人の動き、感動するなということがあります。頭や心の中でもくもくしているものが、もしかしたら言葉が分からなくてもお客様に通じる。三戸さんの歌と私が踊る、離れたものが一つの役を演じることは難しいと思うのですが、イマジネーションを膨らませてお客様に届けられたらと思います。
光江(ルチア):ケイタケイ
いつもは一人で創作活動しているので、あたらしい身体表現が見出せるのではないかなと思います。貧困層でたくましく生きている人に興味をもっていて、どのように踊れるかいまから楽しみです。
●《両演目出演》
やまだしげき
路上生活者の役でずっと舞台上で演じているのですが、細かいことはこれから上田さんらと相談しながら創っていきます。舞台の上でも異質な存在として、やってはいけないことから順番に上田さんに提案してぶつけていこうかなと思っています。一緒に共演させていただく川村美紀子さんは、数年前にYouTubeで見つけて「やばい!」と遠くから観ていた存在、一緒に舞台を創作できるのが楽しみです。
川村美紀子
パリで3回すられたこともあり、町に入ると強制的にサバイバルに参加させられます。錚々たる出演者の皆さまと、裏路地の陰から勉強させていただきたいと思います。
Information
全国共同制作オペラ
レオンカヴァッロ:歌劇《道化師》&
マスカーニ:歌劇《田舎騎士道(カヴァレリア・ルスティカーナ)》
(新演出/イタリア語上演、日本語・英語字幕付き)
2023.2/3(金)18:30、2/5(日)14:00 東京芸術劇場 コンサートホール
3/3(金)18:00、3/5(日)14:00 愛知県芸術劇場 大ホール
演出・美術:上田久美子
指揮:アッシャー・フィッシュ
管弦楽:読売日本交響楽団(東京)、中部フィルハーモニー交響楽団(愛知)
出演
《道化師》
カニオ[加美男]:アントネッロ・パロンビ、三井 聡*
ネッダ[寧々]:柴田紗貴子、蘭乃はな*
トニオ[富男]:清水勇磨、小浦一優(芋洗坂係長)*
ペッペ[ペーペー]:中井亮一、村岡友憲*
シルヴィオ[知男]:高橋洋介、森川次朗*
《田舎騎士道(カヴァレリア・ルスティカーナ)》
トゥリッドゥ [護男]:アントネッロ・パロンビ、柳本雅寛*
サントゥッツァ[聖子]:テレサ・ロマーノ、三東瑠璃*
ローラ[葉子]:鳥木弥生、髙原伸子*
アルフィオ[日野]:三戸大久、宮河愛一郎*
ルチア[光江]:森山京子、ケイタケイ*
両演目:やまだしげき* 川村美紀子*
合唱:ザ・オペラ・クワイア(東京)、愛知県芸術劇場合唱団(愛知)
児童合唱:世田谷ジュニア合唱団(東京)、名古屋少年少女合唱団(愛知)
*ダンス出演
問:東京芸術劇場ボックスオフィス0570-010-296 https://www.geigeki.jp
愛知県芸術劇場052-211-7552 https://www-stage.aac.pref.aichi.jp