日本オペラ振興会が2023/24シーズンラインナップを発表

 公益財団法人日本オペラ振興会(藤原歌劇団、日本オペラ協会)が11月15日に都内で会見を開き、2023/24シーズンのラインナップを発表した。会見には渡辺佳英(日本オペラ振興会理事長)、折江忠道(藤原歌劇団総監督)、郡愛子(日本オペラ協会総監督)、砂川涼子(ソプラノ)、須藤慎吾(バリトン)らが登壇した。

左より:須藤慎吾、砂川涼子、折江忠道、渡辺佳英、郡愛子、吉田雄生(脚本家)


 新シーズンの上演演目は両団体あわせて5演目。まず藤原歌劇団公演は、ドニゼッティ《劇場のわがままな歌手たち》、ヴェルディ《二人のフォスカリ》、グノー《ファウスト》と3演目すべて新制作上演となる。上演回数の少ない演目が並ぶが、折江総監督は「実験的」「挑戦」のシーズンと語る。

 《劇場のわがままな歌手たち》(指揮:時任康文、演出:松本重孝)は、かつて《ヴィーヴァ・ラ・マンマ》というタイトルで上演していたこともあるが、原題は《劇場の都合、不都合》。今回は、原題の硬い表現をより和らげたタイトルに変更し、「オペラの楽しさを感じていただき、新しいお客様が増えてほしい願いも込めた」という。
 続く《二人のフォスカリ》(指揮:田中祐子、演出:伊香修吾)はヴェルディの初期作品で、ヴェネツィアでの政治抗争とそれによって引き起こされたフォスカリ親子の悲劇を描く。「ヴェルディが妻子を亡くしどん底の中で書いた、彼の気持ちが曲の中に集約されている作品」で、「このオペラではバリトンの魅力を感じていただきたい」と、総督フランチェスコ・フォスカリ役には須藤慎吾、上江隼人が配された。
 《ファウスト》(演出:ダヴィデ・ガラッティーニ・ライモンディ)では、長年ヨーロッパで活動するオランダ在住の指揮者、阿部加奈子が初登場する。リモートで会見に参加した阿部は、動画メッセージに加えコメントした。
「フランスの歌劇場で修行をしていた時、《ファウスト》は最初にピアノ伴奏で指で覚え、副指揮者としても携わるなど、違うプロダクションで何度も関わり現場で覚えたオペラ。これまで培ってきた知識、経験、知恵、20年にわたるフランスでの暮らしでみてきたフランスの国民性などの観点から、フランスの大家の傑作《ファウスト》を示していきたい。
 《ファウスト》は、19世紀半ばから後半にかけてヨーロッパで特に流行った、グランドオペラを象徴する作品です。当時のヨーロッパの、産業革命の発展と経済の潤いに連動していて、すべてが煌びやか。グノーというカトリック信徒であった作曲家がオペラに書き換えたということで解釈も変わってきており、グノー作品を通じて当時のフランスのカトリック文化もうかがい知ることができます。神と人間との関わり、グノー、原作者ゲーテの考え方の違いを照らし合わせながら鑑賞していただくと面白いと思います」

折江忠道
左:郡愛子 右:吉田雄生

 続く日本オペラ協会公演は、新制作1作品を含む2演目を上演する。総監督の郡は「時代を見据えて長く受け継いでいく日本独自のオペラであるために、わかりやすく、美しく、普遍的なメッセージと娯楽性を伴う感動的なオペラ制作を行うことに力をいれていきたい」と意気込む。
 23年7月には名作《夕鶴》(指揮:柴田真郁、演出:岩田達宗)を5年ぶりに再演。24年2月には、倉本聰原作、渡辺俊幸作曲のオペラ《ニングル》(指揮:田中祐子、演出:岩田達宗)を新制作で上演する。《ニングル》のオペラ化について郡は、 「いつもどういう内容の新作を上演するべきかを考えていて、いまのこの時代だからこそオペラ化したいという想いになりました。富良野塾の代表作で、後世に残したい作品であると倉本さん自身も考えておられる。40年前に書かれた作品ですが、過度な森林破壊、自然環境の悲劇を予告しており、取り返しがつかなくなる前にそのことに気づき、引き返すことの智恵と勇気を持つことの大事さを教えてくださっている。まさにいまの時代にぴったり、大事なことを考えていただける作品」と魅力を語る。

 《ニングル》の脚本を手掛けるのは吉田雄生。倉本からの初のオペラ化に向けてのメッセージを代読しつつ、作品にかける想いを語った。
「作品が書かれた40年前、環境問題を考える人は少数だった時代に、早くもその問題に警鐘を鳴らしたのが倉本聰先生。40年後のいま、まさに現実の問題として私たちの生活に大きな変化、影響をもたらしています。本作の主人公、才三と勇太の二人は、森林伐採をして農場の開拓を進めてきた青年たち。彼らにニングルは『森を切ったら村が滅びるぞ』と警告するが、それを信じたのが才三、信じなかったのが勇太です。『昔にもどれ』、これがいかに時間がかかり大変なことか、一人でも多くの方にこのメッセージを伝えたい」

砂川涼子

 続いて《夕鶴》つう、《ファウスト》マルグリートを歌う砂川涼子がコメント。砂川は両役とも今回が初役となる。
「声の面、キャラクターの面でもとてもしっくりくる役で、舞台の上で私らしい演奏、表現ができるのではないかと思っています。オペラ協会の《夕鶴》は本当に美しい舞台で、つうはいつか歌いたいと思っていた役。これまで演じてこられた佐藤美枝子さんは、歌手としても女性としても大好きで、ご自身に厳しい目を向けた姿勢は憧れです。つうの持っているはかなさ、芯の強さに共感し、この役は今後大切なレパートリーになっていくだろうなと思っています。《ファウスト》はドラマ性を持っていて、マルグリートはかわいらしいだけでなく力強さ、フランスオペラの繊細な旋律を美しく歌うことが必要になってくる役で、素晴らしい共演者の方々と共演できるので注目ください」

須藤慎吾

 バリトンの須藤慎吾は、《二人のフォスカリ》フランチェスコ・フォスカリ、《ニングル》勇太を歌う。
「昨今、SDGsで5つのP(People、 Prosperity、Planet、Peace、Partnership)が掲げられていますが、それにオペラを当てはめていくと、《フォスカリ》は『Peace』『People』。フランチェスコは平和を重んじて国のために働き、国の法律を守るがゆえに無実の息子を最終的に死に追いやってしまう。彼は人類にとって悪役なのかと思うと決してそうではない。むしろ普段の我々自身ではないかという気がします。正義に向かって贔屓をすることなく生きていくことで悲劇が生まれる、こういった事実がみなさんにメッセージとして届き、戦争とは何か、平和とは何かを見つめる良い機会になるのではないかと思います。
 一方の勇太は『People』『Planet』。アンビバレンスな状態を認識してゴールを目指しているのかを考えさせられる、疑似体験できる舞台になると思います。発展し続けることは人間の向上性につながっていますが、《ニングル》を通してSDGsの中に『Prosperity』(=発展)が掲げられている危険さも感じられる舞台にしていきたい」
 
 両団体ともに、いまの時代に問いかけるメッセージ性の強い作品が並んだ。日本オペラ振興会の2023/24シーズンも期待したい。

[2023/24シーズン公演ラインナップ]
・藤原歌劇団公演《劇場のわがままな歌手たち》新制作
2023.4/22(土)、4/23(日) テアトロ・ジーリオ・ショウワ
指揮:時任康文 演出:松本重孝 出演:坂口裕子、中井奈穂 他
・日本オペラ協会公演《夕鶴》
2023.7/1(土)、7/2(日) テアトロ・ジーリオ・ショウワ
指揮:柴田真郁 演出:岩田達宗 出演:佐藤美枝子、砂川涼子 他
・藤原歌劇団公演(共催:新国立劇場・東京二期会)《二人のフォスカリ》新制作
2023.9/9(土)、9/10(日)新国立劇場 オペラパレス
指揮:田中祐子  演出:伊香修吾 出演:須藤慎吾、上江隼人 他
・藤原歌劇団公演《ファウスト》新制作
2024.1/27(土)、1/28(日) 東京・上野
2024.2/3(土) 名古屋/日本特殊陶業市民会館 ビレッジホール
指揮:阿部加奈子 演出:ダヴィデ・ガラッティーニ・ライモンディ 出演:笛田博昭、澤﨑一了 他
・日本オペラ協会公演《ニングル》新制作
2024.2/10(土)、2/11(日)、2/12(月・祝) めぐろパーシモンホール
指揮:田中祐子 演出:岩田達宗 出演:須藤慎吾、村松恒矢 他

日本オペラ振興会
http://www.jof.or.jp