パデレフスキ国際ピアノコンクールの聴きどころ

2022秋 高坂はる香の欧州ピアノコンクールめぐり旅日記 8

 11月7日にスタートしてすでに2次予選までが終わり、これからセミファイナルがスタートする、パデレフスキ国際ピアノコンクール。
 このコンクールは、ポーランドのピアニストであり作曲家である、イグナツィ・ヤン・パデレフスキ(1860-1941)の名を冠して、1961年、国内向けのコンクールとして始まりました。その後長らくのお休みを経て、1986年、パデレフスキの生誕125周年を機にコンクールは再開。続く回から国際コンクールとなり、現在に至ります。
 開催場所は、ワルシャワから北西約300キロのビドゴシチという街。ここにあるルービンシュタイン音楽学校、フェリクス・ノヴォヴィエイスキ音楽大学は、2005年にショパンコンクールで優勝したラファウ・ブレハッチの出身校でもあります。大学では、彼の優勝をきっかけに、近年のショパンコンクールで審査委員長をつとめるようになった、カタジーナ・ポポヴァ=ズィドロンさんが教鞭をとっています。

 ところでパデレフスキという人物は、音楽家として成功しただけでなく、政治家としても活躍しました。
 ショパンの生涯を語る際によく出てくるように、ポーランドは近隣諸国の圧政に苦しむ時代が長く、パデレフスキが生きた20世紀初頭も、まだドイツ帝国やオーストリア=ハンガリー二重帝国の支配下にありました。そんななか、第一次世界大戦中に政治活動をはじめたパデレフスキは、1919年に新生ポーランドで首相に就任。1922年には政界を引退してピアニストとして復帰しますが、政治的な活動への関与は続け、最晩年の80歳を迎えた頃に再び国政に復帰して亡命政府の指導者を務めています。彼が純粋な音楽家以上の存在として尊敬されているのは、そのためです。
 また、ピアノを弾く方、ショパンが好きな方にとっておなじみなのは、ショパンの楽譜の校訂者としての顔。2010年に新しい校訂によるナショナル・エディション(エキエル版)によるショパンの楽譜が揃うまでは、パデレフスキが校訂した「パデレフスキ版」が、もっとも広く親しまれるショパンの楽譜でした。

 パデレフスキ・コンクールの過去の優勝者には、ちょうど先日ロン=ティボー・コンクール ピアノ部門で亀井聖矢さんとともに優勝した、イ・ヒョクさんがいます(2016年)。また、2007年には、その3年後にショパン・コンクールに優勝することになるユリアンナ・アヴデーエワさんが第2位に入賞。直近の2019年には、日本の古海行子さんが3位に入賞しています。

2019年大会の古海行子 提供:International Paderewski Piano Competition Bydgoszcz

 また今回の審査員には、前述のラファウ・ブレハッチさんやダン・タイ・ソンさんという過去のショパンコンクール優勝者がいます。審査委員長はピオトル・パレチニさん。反田恭平さんの先生ということでご存じの方も多いと思いますが、過去のショパン・コンクール入賞者であり、ショパン・コンクール審査員を8回連続務めている方。日本からは、小川典子さんが参加しています。

審査員たち 提供:International Paderewski Piano Competition Bydgoszcz

 ちなみに、審査員に3年以内に師事しているピアニストや親族関係にあるピアニストは、コンクールへの参加が認められていません…いろいろあって、そのあたりのことに神経質になっているらしいこのコンクール。
 また、次回のショパンコンクールの応募要項が発表される前なので変わる可能性もありますが、2位までに入賞するとショパンコンクールの予備予選が免除となるコンクールの一つでもあります。
 つまりショパンコンクールに憧れるピアニストたちにとっては、ポーランドの空気を知り、また審査員の感触を確かめるためにも、参加する意味があるコンクールといえるのです。(もちろん、その目的で受けている方ばかりではないと思いますが!)
 
 コンクールの2次予選では、パデレフスキの作品を入れることが課題となっており、ショパンの他にもポーランドが誇る音楽家であるパデレフスキの作品に触れる機会がありました。

 そして今から行われるセミファイナルでは、10人のコンテスタントが、それぞれ40〜45分間のリサイタルとコンチェルトを演奏します。

 リサイタルの課題曲は、ポーランドの作曲家、Hanna KulentyによるAtlantiss Soloという5分ほどの曲を演奏すること、そのほかは各自が自由に選択。

 コンチェルトは、室内楽オーケストラと、下記から1曲選択したモーツァルトのピアノ協奏曲を演奏します。

No.15 in B-flat major, K.450
No.17 in G major, K.453
No.19 in F major, K.459
No.20 in D minor, K.466
No.21 in C major, K.467
No.23 in A major, K.488
No.24 in C minor, K.491
No.27 in B-flat major, K.595

 ほぼ自由選曲のリサイタルはもちろん、モーツァルトの協奏曲でどれを選ぶかにもキャラクターがあらわれるところ。そのあたりにも注目して聴きたいですね。

 日本からは、田久保萌夏さんと奥井紫麻さんがセミファイナルに進出。その他、中国、台湾、ポーランド、イタリア、ブルガリア、スペイン、ウクライナと、さまざまな国のピアニストたちが演奏します。

 ところで、この秋ここまで私が取材してきた、ジュネーヴ、ロン=ティボーでは、ピアノのセレクションの話が珍しく出てこない…とお気づきの方もいらしたかもしれません。というのもこれらのコンクールでは、会場のスタインウェイ1台でセレクションなしというルールだったため。
 どれにするか悩んだり、あっちの方が良かったかもと後悔したりするストレスがないかわりに、決まったピアノに絶対に順応しなくてはいけません。

 一方こちらのパデレフスキ・コンクールでは、ショパン・コンクールの時と同様、スタインウェイ、ヤマハ、カワイ、ファツィオリのピアノが用意され、それぞれが自分に合ったピアノを選んで使用しています。今回のセミファイナリストには、ファツィオリを選んでいる方が多いようですね。そのあたりの、ピアノの音色の聴き比べも楽しみです。

♪ 高坂はる香 Haruka Kosaka ♪
大学院でインドのスラムの自立支援プロジェクトを研究。その後、2005年からピアノ専門誌の編集者として国内外でピアニストの取材を行なう。2011年よりフリーランスで活動。雑誌やCDブックレット、コンクール公式サイトやWeb媒体で記事を執筆。また、ポーランド、ロシア、アメリカなどで国際ピアノコンクールの現地取材を行い、ウェブサイトなどで現地レポートを配信している。
現在も定期的にインドを訪れ、西洋クラシック音楽とインドを結びつけたプロジェクトを計画中。
著書に「キンノヒマワリ ピアニスト中村紘子の記憶」(集英社刊)。
HP「ピアノの惑星ジャーナル」http://www.piano-planet.com/