今月15日の東京公演から日本ツアーがスタートしたクラウス・マケラとパリ管弦楽団。いま世界でもっとも注目を集める指揮者となったマケラが、昨年秋から音楽監督を務めるパリ管を率いての来日とあって、この秋クラシックシーン最大の話題のひとつ。才能、カリスマ性はもちろん、貴公子然とした佇まいもスター性を感じさせるマケラですが、コンサートマスターの千々岩英一をはじめとする名門パリ管メンバーとの一体感も抜群。緻密にコントロールされた指揮で、パリ管からきらびやかな音色を引き出すマエストロの一挙手一投足に酔いしれた初日。この日の演奏を聴いた青澤隆明さんによるレビュー記事(協力:エイベックス・クラシックス)を、ここにご紹介します。
クラウス・マケラは魔法をかける。
── パリ管弦楽団との日本ツアー初日を聴いて
クラウス・マケラとパリ管弦楽団の日本ツアーが始まった。早速、東京芸術劇場での初日を聴いてきた。ドビュッシーの《海》、ラヴェルの《ボレロ》、そしてストラヴィンスキーの《春の祭典》。20世紀のパリを沸騰させた稀代の名曲を、彼らはどう現在に映し出すのか。
クラウス・マケラは魔法をかける。オーケストラが嬉々としてクリアに鳴り響く。音の鳴りが尋常ではない。あらゆる音がひらかれている。輝かしく精彩を放ち、すみずみまで細胞が目覚めるように、生き生きと湧き立ってくる。酵素が効いたみたいに。
誇り高きパリ管の自由な面々が、マケラとの音楽づくりを生き生きと楽しみ、一心に音を出している。なんとも心地よさそうだ。マケラが抽き出す息づかいが、終始伸びやかで自然だからだろう。しなやかに明敏な指揮で、細かな工夫も克明に凝らすが、決して全体の呼吸を傷つけることなく、全曲を通じての大きな流れをエレガントに保っていく。
だから、オーケストラの最上の音が優美に出てくる。適切な緊張を湛え、しかし余計な負荷はないから、あらゆる響きが汚れたり濁ったりせず、流麗に息づく。自分たちが美しい時間を創り出している、という誇りがオーケストラの面々に自ずと充ち満ちている。
高精度のレンズで率直に作品をみるように、マケラは明瞭な像を鋭敏に描き出す。明けていく《海》から光彩と歓喜に溢れ、明快な響きが満ちてくる。
とくに《ボレロ》が精妙で、胸のすく快演だった。管の名手のソロも優美でそれぞれに巧いだけでなく、素晴らしい節度をもって全体に奉仕するのが絶妙だ。弦の響きも輝かしく満ちて、ピチカートでリズムを刻むときも音を出す喜びに弾けている。《春の祭典》は鮮烈な生命を敏捷に躍動させ、光の舞踊と化す。しかし、それはまだ若く眩い焔なのである。
いま26歳のスターは、名門の新たな希望だ。初共演が2019年で、音楽監督として2年目のシーズンをこの9月で幕開けしたばかり。今回の日本公演は言ってみれば、待ち焦がれたハネムーンのようなものだろう。
つき合いはじめの季節だからこそのわくわくやドキドキ、新鮮な期待や予感がまざまざと伝わってきた。相思相愛の関係はいつだって熱く旬なのかもしれないが、特別ないまは、やはりいましかない。いま生で体験するほかない。
日本を旅してコンサートを重ねるさなかにも、彼らの蜜月はみるみる幸福度を高めていくだろう。そして、クラウス・マケラが魔法をかけるのは奏者だけではなく、その場に立ち会う聴き手のまっさらな心すべてなのである。
青澤隆明(音楽評論)
今夜、明日のサントリーホールから愛知、岡山、大阪とツアーは続きます。ドビュッシー、ラヴェル、ストラヴィンスキーと、フランスのトップ・オーケストラのポテンシャルがもっとも発揮されるプログラム。若きマエストロの密度の高いタクトを味わえる貴重な機会をお聴き逃しなく。
クラウス・マケラ指揮 パリ管弦楽団 日本ツアー2022
■出演者
クラウス・マケラ(指揮) パリ管弦楽団
アリス=紗良・オット(ピアノ)※Bプロに出演
■日程
【東京】
2022.10/15(土) 東京芸術劇場 コンサートホール〈プログラムA〉(公演終了)
10/17(月) サントリーホール〈プログラムA〉
10/18(火) サントリーホール〈プログラムB〉
【愛知】
10/20(木) 愛知県芸術劇場 コンサートホール〈プログラムB〉
【岡山】
10/21(金) 岡山シンフォニーホール〈プログラムB〉
【大阪】
10/23(日) フェスティバルホール〈プログラムA〉
〈プログラムA〉
ドビュッシー:交響詩《海》
ラヴェル:ボレロ
ストラヴィンスキー:春の祭典
〈プログラムB〉
ドビュッシー:交響詩《海》
ラヴェル:ピアノ協奏曲ト長調(ピアノ:アリス=紗良・オット)
ストラヴィンスキー:火の鳥(全曲)