柴田真郁 (指揮)

全員のエネルギーを舞台で爆発させて、豪華キャストで贈る2年越しの“完全版”

 強風吹きすさぶスコットランド。人々の誇りは高いが、いったんこじれるとのっぴきならない状況に。ドニゼッティの《ランメルモールのルチア》(1835)は、史実に基づく文豪ウォルター・スコットの小説を原作に、豪族同士の対立が招いた「政略結婚がもたらす悲劇」を描いたオペラ。11月のNISSAY OPERAで指揮台に立つ柴田真郁に、抱負を訊ねた。

 「2年前の翻案上演を経て、今回は晴れて全編上演です! ドニゼッティはドラマ作りに長けた人ですね。《ルチア》でも、彼女が兄のエンリーコから偽の手紙を渡された瞬間、〈Ah! ああ!〉と叫びますが、楽譜ではそこは2分音符です。ショックな場面だから歌い手もついアーッツと伸ばしがちですが、作曲家が指定した音価は短めで、そこにオーケストラがタカタン、タカタンと煽ります。こういった細かい指示が面白いですよ」

 確かに。ルチアの顔面蒼白ぶりは瞬間的な叫びで描き、管弦楽は彼女の心臓がバクバク鳴るさまを表現。そういう臨場感漲る描写術がドニゼッティの真骨頂だろう。

 「そうですね! ドニゼッティは年下のベッリーニとよく比較されますね。私は昨年、ベッリーニの《清教徒》(1835)を指揮したばかりですが、両者を比べると、音楽家一族出身のベッリーニは優等生の作風です。でも、貧しさも経験し、従軍もしたドニゼッティは『たたき上げ』。だからか人情には厚いようで、彼のオペラでは主役から小さな役まで独自の音型で各自の存在感を主張しています。また、本作ではカンマラーノの台本の韻律(sillaba mètrica)も音作りに大きく影響していて、音楽の律動感が素晴らしいです!」

 本当に。無理やり結婚式に臨むルチアの前に恋人エドガルドが現れ、ルチアの兄とぶつかる六重唱など、弦の弾力的な音色が耳に飛び込んでくる。また、続く猛烈なアンサンブルで、侍女アリーサの絶叫が響き渡るのも、真実味溢れるひとこまだろう。

 「今回は、そうしたドニゼッティの音楽の細部まで楽しんでいただくため、通常カットされる部分をかなり復活させようと考えています。錯乱したルチアが結婚相手を刺し、血染め姿で現れる〈狂乱の場〉では、作曲家の原意に基づき、フルートではなくヴェロフォン(グラスハーモニカを発展させた新しい楽器)の神秘的な響きが寄り添います。なお、それに続くシェーナ(場景)も今回復活しますので、エンリーコは哀れな妹を連れだすよう侍女に頼み、家庭教師のライモンドはエンリーコの部下ノルマンノの行動を咎めます。この非難の言でライモンドの内面も明らかになり、エンリーコなりの兄妹愛も滲むんです。なお、場面を閉じるのは数小節の後奏ですが、この静かな後奏と、次のエドガルドの大アリアの調性がリンクするのも、見事な構成ですね」

 なるほど。ところで、「政略結婚のドラマ」に対する柴田自身の感想はどのようなもの? 現代では嫌々やらされることも減っているが、日生劇場のステージは中高生も鑑賞するだけに、敢えて問いかけを。

 「実は、私自身も小学生のころ、父にずっとラグビーをやらされまして、骨は折りまくり、日曜日は潰れまくりで(笑)。父への反抗ではないですが、クラシック音楽を爆音で聴き、スコアも読むという自分なりの主張をした結果、今に至ります。最終的には父も音楽の道に進むことを応援してくれましたし、ラグビーの経験は決して無駄ではなかったと思っています。ルチアの境遇とはまったく次元が異なりますが、当時の私にとって音楽は自由を求める戦いでした(笑)」

 ちなみに、今回は贅沢なキャスティングも話題の的。ルチア役のソプラノは可憐な風情の高橋維と熱く鋭い森谷真理、エドガルド役のテノールは引き締まった声音の城宏憲と太く豊かな響きの宮里直樹、エンリーコ役のバリトンは、知性と烈しさを兼ね備えた加耒徹と、恵まれた体躯と明るめの声音が光る大沼徹が担当する。

 「本当に、ダブルキャストでこれだけ個性が違うと、どんなステージになることかと期待大です。ブレスのタイミングのちょっとした違いからも異なる表現が生まれるでしょう。演出の田尾下哲さん、そして読売日本交響楽団の皆さんとも力を合わせ、感染症対策の日々で忍耐強くやってきたからこその、全員のエネルギーが舞台で爆発すればとも思います。どうぞお楽しみに!」
取材・文:岸 純信(オペラ研究家)  写真:中村風詩人
(ぶらあぼ2022年11月号より)

Profile】
1978年東京生まれ。国立音楽大学声楽科を卒業後、合唱指揮やアシスタント指揮者として藤原歌劇団、東京室内歌劇場等で研鑽を積む。ウィーン国立音大マスターコースでディプロムを取得。リセウ大歌劇場のアシスタント指揮者を務め、欧州各地の劇場で研鑽を積む。帰国後は主にオペラ指揮者として活動。藤原歌劇団、日生劇場、新国立劇場オペラ研修所等で指揮。近年では管弦楽にも力を入れ、日本各地のオーケストラと共演。2010年五島記念文化財団オペラ新人賞(指揮)受賞。現在、大阪交響楽団ミュージックパートナーを務める。

Information
NISSAY OPERA 2022
《ランメルモールのルチア》全2部3幕(原語[イタリア語]上演・日本語字幕付)


2022.11/12 (土)、11/13 (日)各日14:00 日生劇場

指揮:柴田真郁 
演出:田尾下 哲 
管弦楽:読売日本交響楽団
合唱:C.ヴィレッジシンガーズ

出演
ルチア:高橋 維(11/12) 森谷真理(11/13)
エドガルド:城 宏憲(11/12) 宮里直樹(11/13)
エンリーコ:加耒 徹(11/12) 大沼 徹(11/13)
ライモンド:ジョン ハオ(11/12) 妻屋秀和(11/13)
アルトゥーロ:髙畠伸吾(11/12) 伊藤達人(11/13)
アリーサ:与田朝子(11/12) 藤井麻美(11/13)
ノルマンノ:吉田 連(11/12) 布施雅也(11/13)
泉の亡霊:田代真奈美(両日)

問:日生劇場03-3503-3111 
https://opera.nissaytheatre.or.jp/info/2022_info/lucia/