ウェールズ弦楽四重奏団 15周年記念特別演奏会

経験を積み重ねた4人が思い出のホールにいま再び集う

文:林 昌英

 15年。変化も安定も含めた多くの経験があり、何かしら新しい立場というものができる期間である。そして、来し方と行く末について、深く思いを馳せるタイミングでもある。

 ウェールズ弦楽四重奏団は、この12月、結成15周年を記念する演奏会を開く。2006年、桐朋学園大学在学時に結成。2008年に世界最難関と言われるARDミュンヘン国際音楽コンクールで第3位に入賞。2009年に王子ホールで正式なデビュー公演、2010年には4人でスイスのバーゼルに拠点を移してハーゲン弦楽四重奏団のヴァイオリニスト、ライナー・シュミットに師事、2年以上集中的に研鑽を積む。
 こういった挑戦や留学を4人でともに体験することで、濃密な時間を過ごし、ストイックにアンサンブルを磨き上げてきた。その積み重ねの結果、徹底的な和声感の共有から作りこむ独自のフレージングを確立。いまや唯一無二の解釈と奏法、そして聴衆を惹きこむ求心力を勝ち得た、この世代を代表する屈指の四重奏団となったのである。その15年をメンバーが振り返った。

左より:﨑谷直人(第1ヴァイオリン)、三原久遠(第2ヴァイオリン)
横溝耕一(ヴィオラ)、富岡廉太郎(チェロ)

﨑谷直人(第1ヴァイオリン)「夢を叶えさせてもらった15年間でした。終盤に差し掛かってきたベートーヴェンのクァルテット全曲録音も、結成時には想像もしていなかったこと。4人でできることのクオリティが高いからこそ続けられたのだと思います」
横溝耕一(ヴィオラ)「桐朋の廊下で﨑谷に声を掛けられてメンバーを集めはじめました。そのときは音楽性の相性を考えていたわけではないけど、コンクールで審査員から“セットの楽器を使っているのか?”と質問されたほど、4人の音の相性が奇跡的に良かったです」
富岡廉太郎(チェロ)「留学中は集中してカルテットを学び、シュミットに師事して演奏スタイルはがらりと変わりました。当時は音に強くこだわっていました」
三原久遠(第2ヴァイオリン)「自分は2009年の王子ホール公演を客席で聴き、憧れの先輩たちでしたが、留学をきっかけにウェールズに入団しました。留学中はものすごく緻密に音楽を作りこみ、それこそミリ単位で決めていくような感じ。それを踏まえて、今はもっと本能的なもの、思っていることを互いにキャッチしあえる、いい意味での余白が持てるようになっています」

 この活動期間の間に4人は別のオーケストラに入団し、いまや全員が主要ポストに就いている。﨑谷は神奈川フィルのソロ・コンサートマスター、三原は都響の第2ヴァイオリン副首席奏者、横溝はN響第1ヴァイオリン次席奏者、富岡は読響首席チェロ奏者。どれほどの才能が集まったのかがよくわかる事実であるし、各自の楽団での経験がウェールズにも大いに役立っているという。

横溝「全員がオーケストラに入団したことも、ウェールズの音楽が変わるきっかけになりました。たとえばブルックナーの交響曲にシューベルトのフレーズが出てくるなど、クァルテット活動だけでは気づけないこともあります。オケとの両輪で発想が広がり、結びついていくのです」
富岡「マエストロのアイディアなど、オケ活動の中で、ウェールズに活かせるひらめきを得ることもあります」

 各自が楽団の要職を務めながらも、4人にとってウェールズは「ホーム」であると異口同音に語る。

富岡「音楽家として向上するための軸。年間で取り組む日数が多いのはオーケストラだけど、自分の肩書を聞かれたとき一番に名乗るのはウェールズです」
﨑谷「コンマスからソリストまで並行して務めますが、ウェールズはナチュラルな自分に戻れる場所です。この4人であれば、音程やフレージングなど、次こうくるだろうというのが年月を経て定まっています。各自が経験値を積んできて成熟し、気負っていないのが強みです」
横溝「家というか家族というか。出ていく場所であり、帰る場所でもある。どこで仕事をしていてもウェールズのヴィオリストという看板を背負っている意識は常にあります」
三原「音楽と丁寧に向き合える場所。ウェールズでは、音楽が自分の想像していたものを超えてくることが度々あり、それを経験できるのが楽しいし、幸せです」

 今回の記念演奏会のプログラムは、モーツァルト第14番、ヤナーチェク第1番「クロイツェル・ソナタ」、ブラームス第2番という、弦楽四重奏の真髄に迫るような成熟したもの。しかし、実は前述の王子ホールでのデビュー公演と全く同じ演目だという。

 15年間で積み重ねてきたこと、自分たちの成長、音色や音楽作りが当時と比べてどう変わったのか ── あえて同じ会場で同じ演目で、聴衆にその成果を広く問い、新たに自分たち自身と向き合う。そして、来し方を見つめ直したこの日から、新しい行く末を見つめてさらなる歩みを始めていく。アーティストに限らず、このような“人生の重要な節目”を目の当たりにできる機会は、本当に貴重だろう。クァルテットの名曲でその成熟ぶりを体感し、さらなる高みを目指す4人の姿をしっかりと心に刻み付けたい。

ウェールズ弦楽四重奏団 15周年記念特別演奏会
12/21(火)19:00 王子ホール
♪モーツァルト:弦楽四重奏曲 第14番 ト長調 K.387
♪ヤナーチェク:弦楽四重奏曲 第1番「クロイツェル・ソナタ」
♪ブラームス:弦楽四重奏曲 第2番 イ短調 op.51

問 MAE 03-6674-1490
https://maandengagement.wixsite.com/website

ウェールズ弦楽四重奏団
﨑谷直人 Naoto Sakiya 第1ヴァイオリン
三原久遠 Hisao Mihara 第2ヴァイオリン
横溝耕一 Koichi Yokomizo ヴィオラ
富岡廉太郎 Rentaro Tomioka チェロ


桐朋学園の学生により2006年に結成。2008年、ARDミュンヘン国際音楽コンクールにて第3位。2009年、王子ホールにて正式なデビュー公演を行う。京都・青山音楽賞を受賞。2011年、バーゼル・オーケストラ協会(BOG)コンクールにて“エクゼコー”賞を受賞、第7回大阪国際室内楽コンクール弦楽四重奏部門で第3位に入賞。2012年、バーゼル音楽院を修了し、2013年より日本を拠点に活動。2014年からはレジデント・アーティストとしてHakuju Hallで全3回のシリーズを担当。16年には神奈川フィルとの共演でコンチェルト・デビューを果たし、17年は名古屋フィル定期演奏会にソリストとして出演した。これまでにボザール・トリオの創設者メナヘム・プレスラーをはじめ、小林道夫、リチャード・ストルツマン、ポール・メイエ、アレクサンダー・ロマノフスキー等と共演。