満江 シャリュモーという名前が、チャルメラなどと同じ、「リード」という意味で、今のクラリネットの音色よりももっとリーディーな音がしてたのかなって。シャリュモーをクラリネットの前身として、歴史の新しいほうから遡って見てしまうと、シャリュモーはクラリネットより音域が狭くて音が小さいという紹介のされ方をしがちだけど、それしかなかったときは、もしかしたらリコーダーに比べたら音が鳴る楽器として使われてたかもしれないと想像してます。
柴田 逆に音を大きく鳴らしたほうが、理にかなうレパートリーってあるんですか?
満江 んーーー。今いろいろ実験してて。グラウプナー(Christoph Graupner, 1683-1760)の序曲とかやっています。
柴田 出た!グラウプナー。グラウプナーって僕、笑っちゃうんですよね。
満江 なんで?
柴田 ベルギーに“グラウプナーおじさん”がいるんですよ。
満江 なにそれ? 知りたい!(笑)
三宮 誰だよ、それ(笑)
柴田 フロリアン・ヘイエリックFlorian Heyerick って人で。本当にグラウプナーを愛していて。ヘンデルやバッハよりもグラウプナーが史上最強のバロック作曲家だったということを本当に信じ込んでいるおじさんがいるんです。グラウプナーの音楽を演奏するための音楽祭も作って、毎年グラウプナーの音楽中心にやってるんです。
満江 グラウプナー協会もありますよね?
三宮 本当に?
柴田 グラウプナーの作品ってけっこう面白いですよね。変な楽器ばっかり使うし。
満江 シャリュモーとか(笑)
柴田 フラウト・ダモーレとかね。だからアルトフルート、昔の。
福川 へぇ〜。
柴田 フラウト・ダモーレ、オーボエ・ダモーレ、ヴィオラ・ダモーレのための協奏曲とか、訳わかんない(笑)なぜこの組み合わせなのか。
三宮 最近、ファゴットの村上由紀子さんが、シャリュモーとバスーンとのコンチェルトかトリオみたいなの、このまえ動画でやっていた。ゲントだっけ?
柴田 あ、そうそう、あの人! あれがグラウプナーおじさん!
三宮 あれが、そうだったの!? バッハのカンタータとかもやっててさ、ファゴットの人いっぱい集まってて。
柴田 そうそう4人で。前、僕ゲントで勉強してたから。論文もハイドンについて書こうとしたら、「グラウプナーにしなよ」って4回くらい頼まれて。
福川 ハハハ(笑)
柴田 絶対興味あるよって言われてて。あの熱意は一回日本に持ってきて「グラウプナー祭」やりたいなって思ってるんですけどね。誰が聴きに来るかなっていう(笑)
満江 でもね、私いま一緒にトリオを組んでる仲間の一人が、それくらいグラウプナー熱がある人で、日本のグラウプナーおじさんになりそうな人。
柴田 グラウプナーは1747年のライプツィヒの新聞の人気投票ではテレマン、ヘンデルに次いで第3位でした。バッハは7位とか。
満江 バッハより上?
柴田 バッハよりも上だったって残ってる。(鈴木)優人さんも講義で取り扱ったって、グラウプナーについて。当時は彼の評価はとても高かったみたいで…なんで彼の名声がこんなに落ちぶれてしまったのかよくわからないけど。
三宮 その良さが2000年代になってもわかんないのよね、僕らがボンクラすぎて。
柴田 そういう存在の作曲家って古典派にいましたっけ? サリエリくらい?
三宮 ああ、そうねえ。
福川 サリエリね。
柴田 当時流行ってる音楽って意外とその後なくなっちゃうってことが多いんですかね。ジャスティン・ビーバーとか?失礼かな。。なんかあります? そういう作曲家。当時は流行ってたけど今はそんなに…
三宮 グラウプナー級のものはないかも。
柴田 ホルンって、例えばクラシカルだったらモーツァルト以外そういうコンチェルト的なのはありますか?
福川 ハイドンとかね。
柴田 でも、そういうメインストリームの作曲家になっちゃうんですね。
福川 マイナーなのはすごくたくさんあります。でも「マイナーなだけあるな」っていうコンチェルトもたくさんあります。
柴田 オーボエは、どうですか?
三宮 同じかなぁ。今度オクテット(八重奏)を録音するんだけど、ネットで世界中の図書館を調べたら、オクテット意外とあったんだよね。
福川 そうなんですよね、いっぱいある。
三宮 全部はもちろん見きれないんだけど、楽譜をふっと見た瞬間に「これ、音出しする必要もないかな」というような。要するにパッと見てもテーマがどこにあるかわからないような、例えばファースト・オーボエやクラリネットの譜面見てもさ。そうするとやっぱりやらなくていいかなという気になっちゃう。そうすると、有名どころ、名曲というのはやっぱりそれなりの理由があって。でもそれだけじゃ面白くないからって、我々は日々リサーチをするんだけど、なかなか傑作に当たらないってのが現実ですよね。
♪Chapter 7 ヒストリカル楽器による木管五重奏
三宮 今度、我々でモクゴ(木管五重奏)をやるじゃない? ライヒャ(Antonín Rejcha, 1770-1836)とかダンツィ(Franz Danzi, 1763-1826)しか、僕はやったことがないし知らなかったんだけど、今回柴田くんから「これやりましょうよ!メンガルって知ってますか?」って言われて。「メンガル(Martin-Joseph Mengal, 1784-1851)って誰だよ、それ」と思って(笑)知らなかったんだよね、僕。
満江 私もやったことない。
三宮 そしたら当時のモーツァルトとかハイドンのピアノ・トリオだったり、ピアノ・ソナタやヴァイオリン・ソナタを木管五重奏曲に直した、当時の編曲ものがあるのを知って。これは面白いなと思って。今回それをやるのが楽しみだな。
満江 ヨーロッパでやってたんですか?
柴田 周りの人がやってるのを見てて。僕はその時あんまり木管五重奏曲に興味がなかったんですけど、今年の2月、3月に三宮さんとご一緒にさせてもらったときに、これ日本人だけ集めてやったら面白そうだなと思ったので、ちょっと紹介させてもらいました。日本人管楽器のレベル高いじゃないですか。ヒストリカルも高くないですか?
三宮 まぁ、世界中高くなってますから今。
柴田 そうですか。だって若い管楽器奏者の人でクラシカル、ロマンティックまで楽器を学ぼうって人いないと僕思ってるんですよ、特に海外は。みんな副科でバロック・ヴァイオリンやるか、トラヴェルソやるか、バロック・オーボエをやるけど、それから先に行こうとしない。クラシカル、ロマン派の方まで。たぶんバロック・オーボエやってるのも、トラヴェルソも『マタイ受難曲』で仕事があるからって、そういうレベル。そんな感じで副科でやってる人が多いから、ちゃんと極めようって人いないと思うし、そういった意味では、そのレパートリーのレベルに関して、僕ヨーロッパでもけっこう幻滅したことがあって。みんながみんな、うまいわけじゃないんだというのがあって。その中で前回こうやってご一緒させてもらって、「日本の管楽器レベル高いな」と思ったので、やりましょうってことで。あの楽譜があるのはずっと知っていたんですけど、言わずに取っておいて、三宮さんに言うしかないと思って。とてもいい機会です。
三宮 木管五重奏というのは、オーケストラの人たちはよくやるじゃん。
福川 うんうん。
三宮 木管五重奏曲、僕は今まで公の場で3回くらいしかやったことがなくて。昔やったときは、前半古楽器使って、後半モダン楽器でやったの。それはまたまた難しくて。何が難しいかと言うと、やっぱり古楽器って難しいじゃない? 後半になった瞬間にさ、みんなうまくなるんだよ(笑)
そうなるとお客さんもさ、「あれ?」ってなって(笑) 「やっぱり19世紀の楽器というのは不完全で難しい楽器だったのかな」っていうことしかならないわけ。それは僕の本意じゃなかったのね。「両方違ってすごいね」って伝えようと思ったんだけど、それをやる時期じゃなかった。自分自身も上手じゃなかったし。やりたいなと思ってたけど、いつできるかなぁと考えてたときに、柴田くんが「やりましょう!」って言ってくれたので、今ならもしかしたらうまくいくのかなぁって。福川くんに満江さんに、オランダから村上さんも呼んでやれば最強のものができるのかなと思ったので、非常に楽しみにしていて。もちろん後半はモダン楽器やらなくいいよね?
福川 やらなくていい(笑) ドキドキするわ、この話の流れ。
一同 (笑)
柴田 木管五重奏をヒストリカルの楽器でやるにあたって、どこが聴かせどころですか。
三宮 1817年にパリのコンセルヴァトワールでライヒャが作曲の先生になり、そこの先生たちがライヒャ五重奏団をつくった。そこでオーボエの教授をしていたヴォークト(Gustave Vogt, 1781-1870)という人が必ずメンバーに入っていて、フルートはギロー(Joseph Guillou, 1787-1853)。彼らスーパースターが公のコンサートで五重奏をやっていたという記録が残っている。ライヒャはチェコの人なんだけど、パリで演奏されたので、当然、楽器も1820~30年あたりのその当時の“おフランス”の楽器でやられていたわけです。今回僕は1830年ごろにパリで作られたオーボエで吹きます。福川くんのオリジナル楽器は、かっこいいケースに入ってて、同じくらいの時代だよね?
福川 そう、1810年頃(?)
三宮 ボロボロだけど良い音するよね。
柴田 それはどこで購入されたんですか。
福川 これは、ドイツの人が持ってたんですけど、それをもう売るって言うから「買います」って言って。N響入ってちょっとしたくらいかな。古楽への興味が再燃してきて、オリジナルが出ているから、レプリカを買うよりこっちをちゃんと練習してみよう、と。
柴田 リストア(修復)せずにそのまま?
福川 ぜんぜん、何もしていないです。で、フルセットって言われてたんだけど、G管だけよく見たら違って、それ入れてみたらAs管になったんですよ。「どうしよこれ…」と思ってG管だけ発注して、G管だけピカピカのやつが。
柴田 それを、あと4人でボコボコにしたり。
福川 ハハハ(笑)。ぜひ!
柴田 ヒストリカルになるように。買ったばかりの場所をみんなでこうやって…僕もベルギー帰ったら、1本リストアしてくるんで、オリジナルで吹けたらなと思っています。頑張ります。満江さんのはオリジナルじゃないんですか?
満江 私もオリジナルです。先ほど三宮さんがおっしゃった「ライヒャ五重奏団」のクラリネット奏者ブーフィユ(Jacques Jules Boufil, 1783-1868)が愛用していたという楽器と同じ、フレンチのミュラーシステム(注:Ivan Müller, 1786-1854によって1812年に開発された新しいキーシステム)のオリジナル楽器を使います。ところで、ピッチはどのくらいでやりましょうか?
三宮 432Hzあたりでやろうかって。
柴田 リードもオリジナルで。
福川 それは無理だなー。もし残っていたとしても嫌だ、いろんな意味で(笑)
満江 病気になりそう(笑)
♪Chapter 8 いたずら好きはDNA?
柴田 みなさん、何か失敗談とかありますか。
三宮 どれも言えない。
柴田 失敗談じゃなくても、成功談でも。
福川 面白くない、自慢話になっちゃう…。じゃぁ、僕はいたずらした話を。ホルンの管(かん)というのは、ちっちゃいプレートにDとかGとか書いてあって、それで区別して、だいたい長さも見た感じでわかるようになっているんですけど、EsとDって半音しか違わないから、ギリわからなかったりするんです。もしくは、EsとEとかね。それを、このあいだ、(オルケストル)アヴァン=ギャルドで「第九」をやった時かな、2番(奏者)の人の管をどこか行っている隙に換えておいたんですよ。そしたら、吹いて「あれ?!」ってなっていて、その時、「第九」はD管とB管しか使わないはずなのに、DがEsになっていたんです。EsとBしかなくて「あれ、なんで昨日ゼッタイD管が付いていたはずなのに今日Esになってる…どうしよ…」ってなっていて、めっちゃチューニング管を抜いていて…
一同 (爆笑)
福川 でもDにならなくて「やべーやべー、どうしよ~!」ってなっていて(笑)。1日目のリハの後はたぶん楽器を持って帰ったんですよね。家で練習して持ってきた時「Esを持ってきた」と周りの人に言ったらボッコボコにされると思ったみたいで、本当に「んんーーーっ!」って(チューニング管を)抜いていて(笑)。でもDにならなくて、すごい変な音程で吹いていて。それで、耐えきれなくなっちゃって、僕が。笑い出しちゃったんで、「…換えた…?」「これです、あなたの」っていういたずらはけっこうあります。
一同 ウハハハ(笑)
柴田 三宮さん、たくさんいたずらしてると思うんですけど…
三宮 してないですよ。大きく振りかぶって「みんなフォルティッシモ行くよ!」ってやって、自分だけ小さい音で…そういうセカンド・オーボエ奏者いじめとか、そんなことですかね(笑)
柴田 面白いですね。ヨーロッパでやってると、特にオーボエの人ってみんな、リハ中とんでもない装飾を入れたりとか、書いてないトリルたくさん入れたりとか、遊びながら?楽しみながらリハーサルをしている人が多い。僕、そういうイメージがすごくあって。日本に帰ってきたら、三宮さんが海外行かれていないにもかかわらずやっているのを見て、吹き始めたらそういう遺伝子が注入されるのかなと思っちゃうくらい、世界共通だと僕は思うんですけど。
三宮 飽きちゃうんじゃないんですかね。
柴田 ハハハハ(笑)。同じことばっかりやることに。
三宮 そう。
福川 モダン・オーボエでこういう人いないですよね。
三宮 それは、会社のオケはやっぱりコワイじゃない。
福川 えー、どこのオケに行っても、こういう人いないです。三宮さん(自身)がある意味特別で面白いのかなと僕は思っているんだけど、もし全世界中のバロック・オーボエ・プレーヤーがみんなこうなんだとしたら、モダン・オーボエになるにつれて、みんな大事なものを捨ててきたんじゃないかなと。
三宮 いや、違うでしょ(笑)。真面目なだけだよ、社会性があるから。
福川 社会性!(笑)
三宮 怒られちゃうよ。ちゃんとやんないと、リハーサル。
一同 やりましょう(笑)
♪Chapter 9 ヒストリカル楽器へのチャレンジャー募集中!
柴田 満江さん、この場で言ってください。ヒストリカルのクラリネットを吹く人がもっと増えてほしいって。
満江 そうですねぇ…やる仲間が増えたら楽しいでしょうね。興味がある人は多いみたいなんですが、なかなか実際に楽器を手に入れて吹き始める人は少ないです。興味がある方にはぜひチャレンジしてもらいたいですね。
編集部 古楽器をやるようになって、どのくらいの期間で本番で吹けるようになったんですか。
満江 私は、まだ触ったこともない時に本番が決まったので、それまでの期間でなんとかしなきゃと必死で準備しました。1年くらいだったかな。すぐ楽器を注文して、それが出来上がるまではお借りして。
柴田 クラリネットって吹奏楽から入ってくる人口も多いじゃないですか。にもかかわらず、ヒストリカルをやっている人って少ないですよね。
満江 そうですね。
三宮 結びつかないのかな。たとえば、吹奏楽みんなやっているけど、「自分たちがやっている楽器が昔どうだったかな?」というクエスチョンが、古典のクラリネットと結びついてないのかなと。
満江 とっつきにくさの原因はいろいろあると思うんです。とにかく集めなくてはいけない楽器の種類が多い。たとえば私が興味を持ったきっかけはモーツァルトのコンチェルトだったんですが、あれを突き詰めると、普通のクラリネットじゃなくてバセットクラが必要になる。そこでワンステップあるじゃないですか。それで、オーケストラのレパートリーを演奏するには、A管、B管、C管のクラリネットが必要になって、さらに突き詰めるとバセットホルンとか、キーの数が違うクラリネットとか、どんどん欲しい楽器が増えていって。だから、「ちょっと1本買ってやってみよう」だけだとできることが限られているんです。
三宮 そういうハードルの高さは、あるのかもしれない。
柴田 (バロックの)トラヴェルソをやる人はすごい多いけど、それ以外のクラシカル、ロマン派やる人が少ないっていうのは、どんどん楽器も増えるし値段も上がるし。たぶん同じ理由だと思います。そこまで突き詰める人いないから。
福川 セット販売で安くなったりとか…
柴田 あ、頑張ります!( ̄^ ̄)ゞ
満江 スターター・キットとか!? これさえあればモーツァルトをピリオド楽器で吹ける!みたいな。
柴田 そっか、スターター・キット。そこらへん、福川さん、よろしくお願いします。
福川 中国のメーカーと話をつけます。3本で5万円くらいだったらいいですかね(笑)。
満江 やる人増えるかもしれない。
柴田 3Dスキャンでしたっけ? 3Dプリンターで作ってもいいし。三宮さん、例の楽器、どこまで進みました?
三宮 昨日、僕の持ってる1800年のオリジナル楽器をスキャンして3Dプリンターで抽出して、今もう3本、素材別にできているんだけども、現段階ではまだ出力の段階で、微妙な調整がうまくいっていなくて、完璧にはまだできていない。そこらへんがうまくできると、たぶん本当にそっくりなものが出来上がるはずです。バロック・オーボエに関しては、他のプロジェクトでは、すでに僕の設計図を元に出力した3Dプリンター製のオーボエが完璧にできているので。
福川 音としては?
三宮 音としても、皆さんにブラインドテストしたりとか、半分の人はわからなかったので。僕としては、ちょっと複雑なんだけどね。プラスティック製の音が良い・良くないという判断というよりも、自分がいつも吹いてる木製がダントツで良くないんだ、ということになっちゃうでしょ。
福川 生で聴きたいけど。
三宮 生で聴くとたしかに違うと思う。録音で聴くかぎりでは、録る機材、マイクの周波数のレベルがあるだろうから、わからないけど。
福川 こっちの聴く環境とかね。
三宮 だけど、スキャンして3Dプリンターで出すということに関しては、管楽器の命である内径が確実に完璧にコピーされるので、それはすごいことだと思います。
♪Chapter 10 楽器に教えられる
編集部 皆さんはモダン楽器でもともと吹いていたわけですが、古楽器で演奏すると同じ曲でもこんなに違うんだ!という発見の経験は、なにかありますか。
福川 モダンは、僕の印象だと音色の個性がかなり強い。
満江 私もそう思う。
福川 そっちの方向に行きすぎていて、オケで「ジャン」って出した音に混ざらないんですよね。現代のオケばかり聴いていると「ああ良い音だな」と思うかもしれないですけど。ピリオドのオーケストラをやった時に、奏法の点で言えば、現代からみると退化しているはずなのに全部同じまとまり方をしている気がして、それが透明感につながるのかなぁと思いますけどね。なんでなんだろうなぁ、あれは。
満江 例えばライヒャやダンツィの木管五重奏はモダン楽器で演奏するよりその時代の楽器でやる方がブレンドしやすいと感じますよね。
三宮 話違うけど、福川くん、この前モーツァルトのコンチェルト吹いたよね。一日で4曲録ったらしいんだけどさ、そこに参加していたヴァイオリンのお姉さんが「いやぁ、福川くんすごいなー」って言ってたんです。普通なら口が疲れたりするはずなんだけど、彼は「頭が疲れた」と言うから「どうなってるんだろうね?」と話してて。モダン楽器というのはどうしても全部の音を均等に、誰が吹いても鳴ろうとさせられちゃう楽器だから、モダン楽器を使いながらもナチュラルホルンの良さをモダン楽器に取り込んで、作りこんでやろうとする時に、非常に頭が疲れる(口よりもね)のかなぁと僕は想像したんだけど、そう?
福川 まったくその通りです。不均等の良さを出したいなと思っていて、モダンは均等にしかできないから…。だから、たとえば「この和音の時にはちょっとくすんだような音色にできるだけトライする」とか、ただ16分音符をダカダカダカダカ…ってやるんじゃなくて、そこの中の重要な音に、不均等さを出すとか…ということとかを考えていると疲れましたね。
三宮 どの楽器もそうだよね。モダン楽器でバロックの曲をやったりする時というのは、どうしても楽器が自然に並ぶ方向に連れていかれちゃうので、そこをあえてわざと抜く音をつくったりしないといけない。抜く音をつくって頑張ろうとしても楽器が鳴ってしまうから、そこのコントロールというのは難しいなと僕は思っていて。それを苦労するよりは、バロック・オーボエの方が簡単じゃんって僕は思う。
満江 わかる、わかる。
三宮 バロック・オーボエの学生に対して説明する時には、同じような話をしてやらなきゃいけないし、それをわかると学生も頑張って一生懸命16分音符4つ並ぶ時に2つ目と4つ目をできるだけ小さく吹こうと努力するようになったり、タンギングの種類も2つ目4つ目のタンギングのやり方を教えると、1~2か月くらいで藝大の子ができるようになってくるのね。それはすごいなぁと思う。面白いですよ。
満江 タンギングは、ベートーヴェンやモーツァルトの時代の楽器の反応はモダンよりずっと軽いです。それと、歴史に名を残した作曲家たちは楽器の特色を本当によく知って作曲しているなと思ってます。楽器に教えられることもけっこうありますよね。
福川 古典の作品は、鳴りにくい音をユニゾンで書いてあるんです、ホルンが。ユニゾンで書いてあるんだけど、現代の楽器でやるとユニゾンがボコーン!っていっちゃうから、そういうところをわかっていない人たちで演奏していると、スゴイうるさいことになっちゃうよね。
柴田 そういったことも自分の中にインプットしたうえで、モダン・オーケストラに生かすっていう…みんな副科でナチュラル・ホルンやらないんですか。
福川 やらないんですよ。日本には、副科ナチュラル・ホルンというのはなくて、それを作ろうとしてるんだけど、学校はそういうカリキュラムはないみたい。
三宮 興味をもつ学生がいたら福川くんのところにコンコンって行けばいいだけの話だし、ないからっていって、YouTube見ればナチュラル・ホルンは、直ぐ見られるわけだし。
♪Chapter 11 愛用の楽器紹介
FLUTE
柴田 僕が今日持ってきたのは1830年ぐらいのリーベル・フルート(注:ドレスデンのフルート製作者 Wilhelm Liebel, 1793-1871)。今のモダンフルートの人でもエチュードだけはやる作曲家兼フルーティストのフュルステナウという人がいて、ドレスデンのオーケストラで吹いていた人物なんですけど、その人が「この楽器が一番良い」と言っていた楽器のコピーです。僕がドイツで今、工房でトラヴェルソづくりを学んでいる人が作ってくれました。だからこれは複製。面白いのは、この楽器のためのだけの教則本(注:『フルート演奏技法』1844)が残っているんですけど、3オクターブ目のドやド♯には指使いが9種類あって、それぞれ使用目的が書いてある。
三宮 へぇ~!
柴田 そういうのを見て、同じ音に対してもそれだけ指使いがあって、それだけ違うキャラクターのために使うことがあったとか、その当時の人は色彩感覚にすごく敏感だったんじゃないかなって思わさせてくれるような楽器です。9個ぜんぶ覚えていないですけど…(楽器を鳴らす)。これ高いですよね。いろいろあって、3つぐらいしか使わないないですけど…。そういう指使いって、昨日、ギャルオケ(オルケストル・アヴァン=ギャルド)でベートーヴェンの『英雄』を吹いた時も、半音階でシードードーとやった時も2つ目のドは一番不安定なドの指使いを使ったりして、指使いで音色が変えられるって、この当時の楽器の面白いところじゃないかなと僕はすごく思う。
三宮 有利だよね。
柴田 はい。ベーム式でもできることかもしれないですけど、この多鍵式ならではのこの当時の響きって面白味があって僕は好きです。
HORN
福川 これは、もう見たとおりのシンプルな楽器なんですけど、右手を入れたり出したりすることで音程を変えられることがわかりました。ただ、バロックのホルンの時は唇で音程を変えることをやっていた。ベートーヴェンも当然それを知っていて、低い音域はもう手を使わないでベンドでやる、そういうことをやっていました。『エロイカ』の第2楽章の最後の2番ホルンが…なんでしたっけ。B?…(楽器を鳴らす)とかはベンドでやっていたし。ベートーヴェンの7番の第3楽章のトリル、タッティーラッティーラってやるところ…これ、いまEs管が付いているのでちゃんと再現できないんですが…特にアクセントも下の音に付くし。そういうのもよくわかっていたみたいですね、ベートーヴェンは。
三宮 これ、20年代だっけ?
福川 たぶん1800…ちゃんとわかっていないんですけど、1800~1820年ぐらいの間なんじゃないかって。
三宮 パリでね。
満江 絵が描いてあるのは、反射がまぶしいから描いてあると聞いたことあるけど、馬の上に乗っている人が外で吹いていて…
三宮 黒く塗るね、絵じゃなくて。
満江 絵じゃなくて黒がそうなんだ。
福川 絵は、ナチュラル・ホルンになってからですね。装飾が…特に貴族が自分のオーケストラのために作る時は、当時は総銀製とかもあったんですけど、こういうところにも装飾みたいなのがあって。
三宮 力を見せたいんだね。
福川 そう、金持ち感。
三宮 成金感覚(?)だね。
OBOE
三宮 僕のは、1830年頃のパリの楽器です。アンリ・ブロッド(Henri Brod, 1799-1839)というパリのオペラ座で1834年からファースト・オーボエを吹いた人で、いずれコンセルヴァトワールの教授になるだろうと言われるぐらい優秀な人だったのに、早くして亡くなった人がつくった楽器。現代のオーボエと同じように最低音がB♭まで出るという、19世紀にしては一番最初に低音まで拡張した人で、特徴としては、この当時のキーを動かすバネというのが、まだ針バネじゃなくて普通は板バネが付いているんですけども、その板バネの先に滑車が付いていて、その滑車があることによってスムーズにキーが開閉するというとんでもないシステムを作って。まるで時計職人のような作業をしているのと、右手の小指でキーをいくつか操作するんですが、その時にスムーズにキーを移行するためにシーソーキーを付けた。
柴田 かっこいいですね。
三宮 なかなか発明家でもあったので、現代の我々オーボエ奏者が使っているリードをつくるマシンも彼は開発したり、ティンパニのチューニングシステムをつくったのもアンリ・ブロッドだったの。
柴田 なかなか現代的な人だったんですね。
三宮 彼が吹いていたオーボエというのがすごく細身で、これはコークスウッドなんだけどもアンリ・ブロッドが実際に使っていたのは杉(シダー)。だからめっちゃくちゃ軽くて。音に関しても、すごく柔らかいんだけども、めちゃくちゃ小さかったらしい、と言われています。リードは、このパイプの部分は、現代のオーボエと非常に近い部分なんですけど、上の葦の部分は多少現代のオーボエよりは大きくて、フレキシブルな感じに削ってあるのが特徴です。
CLARINET
満江 これはリヨンの楽器で、1850年ごろのデュボア・エ・プロジャン Dubois & Projean 製です。ライヒャ五重奏団のクラリネット奏者が気に入っていた楽器のシステムと同じ、ミュラーシステムです。
三宮 実際どんな響きになるか楽しみだね。
【Concert Information】
レ・ヴァン・ロマンティーク・トウキョウ Les Vents Romantiques TOKYO(木管五重奏)
2021.11/14(日)14:00 愛知/宗次ホール
2021.11/17(水)19:00 東京/Space 415 特別感謝祭招待コンサート
柴田俊幸(フルート) 三宮正満(オーボエ) 満江菜穂子(クラリネット) 村上由紀子(ファゴット) 福川伸陽(ホルン)
ロッシーニ゠メンガル:木管五重奏曲 へ長調
ライヒャ:コールアングレと木管四重奏のためのアダージョ ニ短調
ライヒャ:木管五重奏曲 変ホ長調 op.88-2
ダンツィ:木管五重奏曲 変ロ長調 Op.56−1
https://munetsuguhall.com/performance/general/entry-2744.html
三宮正満(オーボエ) アンサンブル「ラ・フォンテーヌ」のメンバーとして1997年古楽コンクール最高位、2000年ブルージュ国際古楽コンクール第2位受賞。現在バッハ・コレギウム・ジャパン(BCJ)、オルケストル・アヴァン=ギャルド首席オーボエ奏者。アンサンブル・ヴィンサント主宰。東京藝術大学古楽科講師。
満江菜穂子(クラリネット) オランダのデン・ハーグ王立音楽院修了。欧州在住中は18世紀オーケストラ、フライブルク・バロック・オーケストラ等の公演に参加。帰国後、クラシカル・プレイヤーズ東京とモーツアルトの協奏曲をバセット・クラリネットの復元楽器で協演し、高い評価を得る。BCJ、オーケストラ・リベラ・クラシカ等に参加。
福川伸陽(ホルン) NHK交響楽団首席奏者。ソリストとしてN響、京響、パドヴァ・ヴェネト管など国内外のオーケストラと共演。ロンドンのウィグモアホールをはじめ世界各地でリサイタルを行うほか、各種音楽祭に出演。東京音楽大学准教授。国際ホルン協会評議員。
柴田俊幸(フルート) ベルギー在住。ブリュッセル・フィル、ベルギー室内管などで研鑽を積んだのち古楽の世界に転身。ラ・プティット・バンド、イル・フォンダメント、ヴォクス・ルミニスなどの欧州の古楽アンサンブルに参加、ユトレヒト古楽祭などにソリストとして招かれるなど、欧州各地で演奏。たかまつ国際古楽祭芸術監督。