2018年、第1回ショパン国際ピリオド楽器コンクールで見事第2位に入賞し、一躍脚光を浴びた川口成彦さん。現在、アムステルダムを拠点に演奏活動をおこなう傍ら、世界中の貴重なフォルテピアノを探し求めて、さまざまな場所を訪ね歩いています。この連載では、そんな今もっとも注目を集める若きフォルテピアノ奏者による、ほかでは読めないフレッシュな情報満載のレポートを大公開します!
第7回 ソウルのソさんを訪ねて
text & photos:川⼝成彦
私がまだ東京藝術大学の楽理科の学生だった頃、都内のとある韓国系教会の早朝礼拝で歌の伴奏をするアルバイトをしていた時期がありました。日の出前に起床する日曜日は朝の弱い私には少し大変でしたが、教会に通う信者の中でピアニストが見つかるまで続いたその日々は、今では懐かしい思い出です。韓国出身の皆さんが毎週持ち寄ってくださる手作りの韓国料理は最高に美味しく、その食事を通じた交流は、私が韓国に興味を持つきっかけにもなりました。
そしてだいぶ年月が経ちましたが、今年の旧正月(1月25日)にやっと初めての韓国旅行でソウルを訪れることができました。徳寿宮(トクスグン)をはじめとする韓国の美しい文化遺産、そして美味しすぎる本場の韓国料理にすっかり心を持っていかれましたが、今回の滞在の目的であるソ・サンジョン(서상종)さんのフォルテピアノのコレクションにも大興奮でした。
ソさんは韓国でも著名なピアノ調律師の一人で、ソウル・アーツ・センターの近くに中古ピアノのお店も経営されています。YAMAHAをはじめとするモダンピアノの修理・調整を行うとともに、フォルテピアノの収集および修復もされています。「フォルテピアノ・アトリエ (Fortepiano Atelier)」と名付けられた彼の秘密基地は、韓国で今後ますますフォルテピアノを多くの方々に知ってもらいたいと願うソさんの想いが詰まっています。ここでは1889年のエラール(Érard)、1819年のブロードウッド(Broadwood)、1792年のシェーネ(Schoene) のスクエアピアノなどを見ることができました。
ロンドンでスクエアピアノの製作を盛り上げたヨハネス・ツンペ(Johannes Zumpe, 1726-1790)の後継者であるフレデリック・シェーネ(Frederick Schoene, 1749-?)が製作した楽器のネームプレートはとても興味深いです。プレートに書かれた文字は以下の通りです。
1) Schoene and Co.(シェーネとその仲間) 、2)Succerssors to Johannes Zumpe(ヨハネス・ツンペの後継者)、3)Londini Fecerunt 1792(ロンドンにて1792年に製作 ※ラテン語)、4)Princess Street Cavendish Square(工房の所在地)、が記載されています。一見ツンペが製作した楽器のように見えますが、「ツンぺの後継者であるシェーネ」によって作られた楽器です。シェーネは1783年にツンペの楽器製造を引き継ぎますが、自らが楽器製造の主になってもツンペの名前を掲げ続けました。J.S.バッハ(1685-1750)の未子であるロンドンで活躍したJ.C.バッハ(1735-1782)が好んで弾いていたツンペのスクエアピアノは当時のロンドンを代表するピアノメーカーでした。なのでシェーネは広告のためにツンペの名前を大きく掲げたのかもしれませんし、あるいは楽器製作の師であるツンペへの敬意のためだったかもしれません。いずれにせよ、ツンぺの名前は彼の死後もピアノに大きく刻まれ、ブランド名のような印象を抱きます。これはまさに楽器製造が代々引き継がれ、「会社」および「ブランド」として展開されていくピアノ製造の原点の一例と言えるかもしれません。
ところでソさんはモダンピアノのハンマーヘッドを少し改造して、韓国の伝統楽器カヤグム(伽耶琴)のような音を目指したピアッゴ (피앗고)というピアノを開発しました。ピアニストのイム・ドンチャン(임동창)さんが「K-pop」ならぬ「K-Classic」を掲げ、ピアッゴとともに韓国独自の新しいクラシック音楽を打ち立てました。2012年10月5日にソウルで行われたドンチャンさんのピアッゴの演奏会ではカヤグムをはじめとする韓国の伝統楽器とのコラボレーションも行われたようです。韓国ならではの音楽と響きを求めてピアノを改造する試みは大変面白いですし、そのときの思い出を語りながらYouTubeにアップされている演奏会の動画を嬉しそうに見せてくださったソさんの笑顔もとても素敵でした。
2019年には済州島(チェジュ島)の世界自動車済州博物館にてフォルテピアノの展示も始まりました。韓国でも昔のピアノに興味を持つ人がどんどん増えていく一つの大きなきっかけとなりそうです。