11月14、15日、NISSAY OPERA 2020 特別編として、日生劇場でオペラ《ルチア〜あるいはある花嫁の悲劇〜》が上演される。公演に先立ち行われた森谷真理組の最終総稽古(ゲネラル・プローベ)を取材した。
(2020.11/7 日生劇場 取材・文・写真:寺司正彦)
もともとドニゼッティのオペラ《ランメルモールのルチア》は、ルチアの兄、エンリーコによって仕組まれた政略結婚によって引き裂かれたルチアと恋人エドガルドの悲劇を描いた作品。ルチアの〈狂乱の場〉であまりにも有名なオペラだ。本来なら、全3幕完全版での上演予定だったが、演出家、指揮者、劇場などが話し合い、当初の予定を変更して、新型コロナウイルス感染症対策を施した全1幕の特別編として「翻案」、上演することとなった。
《ランメルモールのルチア》は第1部、第2部第1幕・第2幕とあり、上演には通常3時間強(休憩込み)が必要だ。今回の「特別編」は約90分の上演(休憩なし)。「あるいはある花嫁の悲劇」のサブタイトル通り、ルチアに降りかかった悲劇に焦点をあてた「一人芝居」だ。この大胆な「翻案」を手がけるのは、演出家の田尾下哲。田尾下自身、オペラだけでなく、ミュージカルから演劇まで、こうした「翻案」には経験豊富だ。しかし、コロナ禍以前に海外では演出家のベネディクト・フォン・ペーターが《椿姫》をヴィオレッタの、《ファルスタッフ》をファルスタッフの一人芝居として演出・上演しているが、田尾下はオペラで同じような試みをしようと思ったことはないという。一方で「台本のカットが通例となっている現代のシェイクスピア作品の上演と同じように、2020年を境にオペラが再構成されることが普通になるかもしれません。作品のエッセンスを取り出して再編成するという作業が、本来の姿を見ていただくためにも必要なステップ、オペラ普及の一助になるのかもしれないとも感じています(ぶらあぼ2020年9月号より、一部取材者変更)」とも語っている。
上演にあたっての条件は「物語が一貫していること」「恣意的に音符に手を入れないこと」。そのうえで、「カーテンコールを含め90分に収め、休憩なし」「合唱は使わず、オーケストラは縮小編成する」ということだった。この難題に取り組むため、田尾下は「もとのオペラからルチア主体の場面を抜き出し、ルチアの物語を描くとしたらどこを演奏箇所とするか」を指揮者の柴田真郁と相談しながら決めた。
特別編の舞台はルチアの寝室(と泉を模した切穴)のみ。前奏曲に続いて第1部<第4場:泉のある庭園>からはじまる。エンリーコがなぜ政略結婚を仕組まなければならなかったか、などの経緯は省略し、友人アリーサとの泉の亡霊の話もうまく切り詰める。これは公演全般に言えることだが、物語にあまり関係がない場面は音楽に影響がないところでギリギリまで削っている。しかし、ルチアの歌うシェーナとカヴァティーナ〈あたりは沈黙に閉ざされ〜激しい情熱に心を奪われた時〉や、ルチアと恋人エドガルドとの愛を誓う二重唱〈裏切られた父の墓の前で〜燃える吐息はそよ風にのって〉など、重要な音楽は丁寧に扱う。
第2部第1幕にあたる場面は、ノルマンノとエンリーコの策略、二重唱〈こちらへおいで、ルチア〉(エンリーコ・ルチア)、ルチアの独白、アリア〈諦めなさい、さもなければ一層の不幸が〉(ライモンド)など。
舞台上にはルチアともうひとり、亡霊が出てくるが、ルチアが望まないこと、つまりは、無理矢理エドガルド以外の別の男との結婚を迫るエンリーコの場面など、亡霊が黙役として歌の内容を反映した演技をする(結婚衣裳を無理矢理ルチアに着せる、など)。また黙役は他の役柄の歌う内容を具現化してみせるのだ。第2部第2幕、婚礼の宴の合唱は大幅にカットするが、一部コーラスは出演者全員が歌うことでうまくカバー。どこをカットしたか俄には気づかないほど、うまく繋いでいて違和感がない。そして、最後はアリアとカバレッタ〈あの人の声の優しい響きが〜苦い涙をそそいで下さい〉(ルチア)、いわゆる〈狂乱の場〉で終わる。
本来のオペラ《ランメルモールのルチア》ではルチアの死後、エドガルドのその後が描かれるが、ここにはない。この舞台そのものがルチアの幻想なのか、事実なのか。はたまたルチアは生きているのか死んでいるのか、さえ、わからない。すべては観客の想像に任されている。と同時に、エドガルドの最後を描かないことで、あくまでルチアの悲劇であることを強調するのだ。
取材の過程で「コロナ渦においてもオペラが上演し続けられることを証明するために最大限の安全策を取りながら、舞台表現としては一切の妥協なく取り組ませていただきました」と田尾下が語ったように、単なるハイライトやダイジェストを超える舞台に仕上がった。
さて、この日の森谷真理だが、90分出ずっぱり、観客の視線は自ずと森谷に投げかけられる過酷ともいえる状況下で(エドガルド、エンリーコ、ライモンド、アリーサ、ノルマンノ、アルトゥーロは、3人ずつにわかれ、舞台の左右に置かれた紗幕パネル越しに歌う)、持ち前の強靱な喉と演技力で見事に「花嫁の悲劇」を歌い、演じた。
この日はまた、エドガルド役に予定されていた城宏憲に代わって、高橋維組のノルマンノ役でエドガルド役のアンダースタディも受け持つ吉田連が歌った。城宏憲は体調不良で出演不可能とのことで、15日も吉田が本役を歌う。これに伴い、ノルマンノ役は両日とも布施雅也となる。城の降板は残念だが、吉田もこのところ伸び盛りの期待の若手テノールだ。ゲネプロでも秀逸な歌声を披露していたから本番を楽しみに待ちたい。
なお、オーケストラはピットに入って演奏するが、感染症対策(飛沫防止)として金管楽器(ホルン、トランペット、トロンボーン)は使用せず、代わって、ピアノ、あるいはオーボエ、クラリネット、ファゴットの重音で補っている。また距離を取るために弦楽器・打楽器の規模を縮小した。日生劇場と読売日本交響楽団のそれぞれのガイドラインを基にした策だという。
【関連記事】
●「この時代だからこその表現を探究したいと思います」─《ルチア》特別版への挑戦─
〜interview 田尾下 哲(ぶらあぼ2020年9月号)
【Information】
NISSAY OPERA 2020 特別編《ルチア~あるいはある花嫁の悲劇~》
2020.11/14(土)、11/15(日)各日14:00 日生劇場
指揮:柴田真郁
演出・翻案:田尾下 哲
管弦楽:読売日本交響楽団
出演
ルチア:高橋 維(11/14) 森谷真理(11/15)
エドガルド:宮里直樹(11/14) 吉田 連(11/15)
エンリーコ:大沼 徹(11/14) 加耒 徹(11/15)
ライモンド:金子慧一(11/14) 妻屋秀和(11/15)
アルトゥーロ:髙畠伸吾(11/14) 伊藤達人(11/15)
アリーサ:与田朝子(11/14) 藤井麻美(11/15)
ノルマンノ:布施雅也(11/14,11/15)
*11/15(日)に、エドガルド役で出演を予定していた城宏憲は、体調不良により出演できなくなりました。同日のエドガルド役には吉田連が出演いたします。また、11/14(土)に、吉田連が出演を予定していたノルマンノ役には、代わって布施雅也が出演いたします。
問:日生劇場03-3503-3111
https://www.nissaytheatre.or.jp/schedule/lucia2020/