日々上演されるオペラの種類は数多いが、なかでもプッチーニ作曲《トゥーランドット》は、知名度も人気も屈指だと思われる。とくにアリア〈誰も寝てはならぬ〉は、フィギュアスケートやCMなどを通して多くの人の耳に馴染んでいる。しかし、それほど高い人気がありながら、鑑賞できる機会が必ずしも多いとはいえない。それはひとえに、上演にあたって多くの条件が伴うからである。
だが、「びわ湖ホール プロデュースオペラ」においては、一般的に困難とされる事柄が見事に解決されている。そのため否応なく期待が高まるが、その難しさを説明しておきたい。

並河寿美/宮里直樹 ©Yoshinobu Fukaya auraY2
主に2つの理由による。1つは管弦楽の問題である。全3幕を通してロマンティックなメロディの宝庫で、初心者にも馴染みやすい。だが、管弦楽自体は大規模で、オーケストレーションは複雑かつ色彩豊か。1924年に作曲された時点ではかなり前衛的といえる表現によって、異国情緒や幻想性が表現されている。いってみれば、流麗なボディに大出力のエンジンとハイテクを備えたスーパーカーのようなオペラなので、カッコいいし走りもすばらしいが、乗りこなすのが難しい。
だから、びわ湖ホール芸術監督の阪哲朗のような指揮者が求められるのである。25年にわたりヨーロッパで1000を超える公演を指揮してきた阪だが、大規模なオーケストラによる高度で複雑な管弦楽法の曲にはとくに定評がある。実際、数あるオペラのなかでも《トゥーランドット》を指揮した回数が多く、今回も豊かな経験に裏打ちされた鮮やかな手綱さばきが期待される。

吉川日奈子/船越亜弥
もう1つは歌手の問題で、人並外れた声と表現力の持主が何人も求められるので、おいそれとは上演できない。管弦楽が大規模だと述べたが、歌手にはそれを突き抜ける声の力も求められる。なかでもトゥーランドット姫は、人間離れした強靭な声のソプラノでないと歌えない。一方、事実上の主役でもあるリューは、同じソプラノでも姫と対照的に、やわらかく繊細な声でなければならない。情熱のかたまりのようなカラフにも強靭な声が必要で、叙情性も問われる。その父のティムールには、威厳も情感も表せるバスが必要だし、ピン、パン、ポンの3大臣も重要だ。
こうして列挙すると、上演がいかに困難かわかると思うが、びわ湖ホールはこの作品に盤石の布陣で臨む。オーディションで選び抜かれたキャストは、びわ湖ホール声楽アンサンブルのメンバーを含め、文字通りの選りすぐりばかり。トゥーランドットの谷明美と並河寿美。カラフの宮里直樹と福井敬。ティムールの妻屋秀和と西田昂平。リューの吉川日奈子と船越亜弥。それらの役で定評があるか、ぜひそれらの役で聴いてみたい歌手ばかりだ。ピン、パン、ポンにも晴雅彦や中井亮一ら、日本を代表する歌手が並び、声楽アンサンブルのメンバーも多くのソロを担う。
芸術は一般に、困難が解決されたとき最高に輝く。イタリア・オペラを知り尽くした粟國淳の演出も相まって、究極の《トゥーランドット》が期待される。
文:香原斗志
(ぶらあぼ2026年1月号より)
びわ湖ホール プロデュースオペラ プッチーニ作曲《トゥーランドット》
2026.3/7(土)、3/8(日)各日14:00 びわ湖ホール 大ホール
問:びわ湖ホールチケットセンター077-523-7136
https://www.biwako-hall.or.jp/

香原斗志 Toshi Kahara
音楽評論家。神奈川県生まれ。早稲田大学卒業、専攻は歴史学。イタリア・オペラなどの声楽作品を中心にクラシック音楽全般について執筆。歌声の正確な分析に定評がある。日本ロッシーニ協会運営委員。著書に『イタリア・オペラを疑え!』『魅惑の歌手50 歌声のカタログ』(共にアルテスパブリッシング)など。歴史評論家の顔もあり、近著に『お城の値打ち』(新潮文庫)。

