演出家・田尾下哲が主宰する「田尾下哲シアターカンパニー」が4月から開催している「OPERA ART ACADEMIA 2018(以下、OAA)」。 去る8月4日にはOAAの主軸となる実践篇「3人の演出家によるクリエーション」第1弾が開催された。これは、岩田
達宗、菅尾友、田尾下哲の3人の演出家が、まったく同じオペラの1シーンを別々に演出したらどうなるか?を、公開稽古を通して考察するもの。オペラ演出の意義を参加者とともに改めて見詰め直すことを目的とする。
演出作品は、オペラ《フィガロの結婚》の「Nr.7・“Cosa sento! Tostoandate”」。第1弾を演出したのは岩田達宗。腰越満美(スザンナ役)、黒田博(伯爵役)、大槻孝志(バジリオ役)、そして青木エマ(ケルビーノ役)が参加した。
この日は演出に先立ち『オペラ演出論/トークセッション オペラ演出家たちのホンネ』として、3人の演出家各々が自論を展開(ベルリン在住の菅尾はSKYPEで参加した)。「演出家の役割」「演出流儀」「《フィガロの結婚》の演出」などについて語り合った。
(取材・文:WEBぶらあぼ編集部 Photo:M.Terashi/TokyoMDE)
■演出家の役割
菅尾 作曲家が何を感じ、考えたかを、自分なりに解釈して伝えるのが役割だと考えている。
岩田 はっきりと演出家がクレジットされたのは、《ばらの騎士》を初演した際の演出家マックス・ラインハルトが最初。それまでは作曲家が演出もやっていた。ヴェルディは作曲よりも日々劇場に出かけて音符や休符の意図(ここで椅子から立ち上がる、この音はこういう意味、など)を伝えていた。それをいまやっているのが我々の仕事。
田尾下 「楽譜を読み込んで見える形に翻訳しなさい」。それが師事したミヒャエル・ハンペ先生の教えだった。演出家はストーリーテラー。作曲家がどう台本を解釈したのかを伝える役割を持つが、指揮者との協働もあるので、楽譜を解釈するスタッフのひとりだと思う。
そして、字幕、コンタクトレンズ、照明の発達・発明など、技術の発達とともに演出の役割も変わってきている。字幕で歌詞の意味がわかるようになり、演出の重要さが増してきた。なぜこう演技して歌っているのか、お客様がわからないといけない。また、コンタクトレンズの発明で、指揮者とより遠くからでも意思疎通できるようになったり、テレビ
モニターがあることで、寝転びながらでも歌えるようになった。
岩田 プッチーニの《ラ・ボエーム》はカルチェラタンの光を、照明技術の発達で実現できた。ミミの本当の名前がルチアなのは光(ルーチェ:光)から取ったからかもしれない。
逆に、テクノロジーを介さず、肉体だけで大勢に何かを伝えたのがギリシャ悲劇。今の時代はテクノロジーが重要な役割を担っている。
■異業種との協働がオペラの特徴
菅尾 自分にとっていい指揮者は、稽古からちゃんと同席してくれる人。音楽面からアイデアを出してくれたり、音楽的に解決することを考えてくれることでより作品を昇華させられる。
田尾下 立ち稽古が始まってしばらくしてから稽古に参加する時、最初の稽古は副指揮者に振らせて、自分は稽古をきちんと眺めて演出のやりたいことを理解しようとする。そういう指揮者はいい指揮者(笑)。
岩田 指揮者も演技にダメだししたり、演出家が音楽に注文つけたり、そのうち、スタッフがみな音楽にのって体動かしている、そういう状況はいい稽古だと思う。
■それぞれの演出流儀
菅尾 演出にあたっては、まず、台本、楽譜を読むのが基本です。それから、歴史の本を読んだり、映画みたり(これは趣味かもしれないが)、関わりのありそうなものを調べたりする。
岩田 極端に言えば、その作品に対してノイローゼにならないとダメだと思う。頭の中に音楽がぐるぐる回ってノイローゼみたいになってはじめて演出できる。だから、どの作品も演出するには2年ないと無理です。それくらい時間ないと準備できない。
菅尾 台本、楽譜が基本であって、その上で、演出家としての個性、存在意義が認められないと次の仕事がないだろうなと思ったことはある。
田尾下 正直、そういう時期もありますよね。「楽譜に忠実でいなさい」と言い続けたハンペ先生でさえも、2人で散歩しているときにふと「哲に教えてきたことは正しかったのだろうかと迷うことがある。今は新聞でスキャンダルにならないといけない時代なのかなあ」とおっしゃられた。
菅尾 物語が納得できるものにしたいために楽譜にないことをやっている場合もある。それが変わったことと思われたこともあるかもしれない。
岩田 師匠の栗山昌良は、コンベンションだ、ありきたりだ、と言われ続けた。けれども、いまや日本を代表する演出家。栗山は他人の演出はまったく見なかった人。外国人の演出も映像などでも見なかった。自分を信じて信念で演出した結果がある。自分もいろいろと批判されることもあるけれども、師匠に倣ってそこは耐えようと思っている。
■《フィガロの結婚》の演出について
田尾下 この作品は、3人とも演出したことがある、オペラの代表的な作品。
岩田 Nr.7・“Cosa sento! Tosto andate”」。なぜこのシーンにしたか。作曲家の代理人としての演出が、やりかたで違うものになるというのを示すためには、できるだけ余白がある部分がいいと思った。とにかく面倒くさいほうが、違いが出るのかなと思った。
フィガロは本当に面倒な作品。二人がどう演出するか、正直、見たかった。違うことになるだろうという確信はあります。
田尾下 あえて違いを出すために奇をてらって違うものにしなきゃというのはないけど、解釈、プロセス、アプローチは違うだろうと思う。岩田さんから歌わない人物(今回はケルビーノが黙役)もいてほしい、という希望があった。
岩田 歌わない人が主役になれる。《フィガロの結婚》の主役はいったい誰だ?実は、コンテッサ(伯爵夫人)とケルビーノこそが主役。
演出は捨てる作業ともいえる。本番で使うものはどのアイデアか?今日一日でやったことがすべて捨てることになるかも(とはいえ、今日は1日しかないから、捨てるというのは無理なので、あまり。。。)
菅尾 最終的にシンプルに見えるのはいいことだと思う。
田尾下 新国立劇場のアンドレアス・ホモキ演出の《フィガロの結婚》を観て驚いた。シンプルの究極。稽古着に段ボール。初演の指揮者ウルフ・シルマーさんからもアイデアが出て、ホモキがすべての歌詞を歌って、シルマーとああだこうだと。衝撃的だった。予算なくてもここまでできるんだと・・・。
今回も予算はありません、すみません・・・(笑)この企画の目的は決してコンペではないが、3人の演出家がどのように演出するのか、最終的な成果のみならず、過程をぜひ感じて欲しい。
【OPERA ART ACADEMIA 2018】
【1】『オペラ演出論/トークセッション オペラ演出家たちのホンネ』
2018年8月4日(土)12:00〜14:00 G-ROKSスタジオ(下高井戸)STUDIO1
ゲスト:岩田達宗(演出家)
菅尾友(演出家)※SKYPE参加
ナビゲーター:田尾下 哲(演出家/TTTC主宰/桜美林大学芸術文化学群 准教授)
【2】『オペラ演出論/3人の演出家によるクリエーション《岩田達宗・篇》』
2018年8月4日(土)15:00〜21:00 G-ROKSスタジオ(下高井戸)STUDIO1
ナビゲーター:岩田達宗(演出家)
ゲスト出演者:腰越満美(歌手/スザンナ役)
黒田博(歌手/伯爵役)
大槻孝志(歌手/バジリオ役)
青木エマ(歌手/ケルビーノ役)
ピアノ演奏:矢崎貴子
【3】オペラ演出論/3人の演出家によるクリエーション《田尾下哲 篇》
2018年8月30日(木)15:00〜21:00 G-ROKSスタジオ(下高井戸)STUDIO1
ナビゲーター:田尾下 哲(演出家)
ゲスト出演者:腰越満美(歌手/スザンナ役)
黒田博(歌手/伯爵役)
大槻孝志(歌手/バジリオ役)
青木エマ(歌手/ケルビーノ役)
ピアノ演奏:矢崎貴子
■今後の開催予定
【OPERA ART ACADEMIA 2018】
オペラ演出論/3人の演出家によるクリエーション《菅尾友 篇》
2018年9月16日(日)15:00〜21:00 G-ROKSスタジオ(下高井戸)STUDIO1
http://groks.co.jp/index.php?cl=ac
ナビゲーター:菅尾 友(演出家)
ゲスト出演者:腰越満美(歌手/スザンナ役)
黒田 博(歌手/伯爵役)
大槻孝志(歌手/バジリオ役)
青木エマ(歌手/ケルビーノ役)
ピアノ演奏:矢崎貴子
参加費:2000円(会場代・資料代の実費として、定員になり次第締切)
*ご参加方法*
件名に「3人の演出家によるクリエーション《菅尾友 篇》」
本文に
・ご希望日時「9月16日」
*参加申込みは定員になり次第締め切らせていただきます。
既に多くのお申込みをいただいており、参加ご希望の方は早めにお申込みください。
・お名前
・参加人数
・連絡先(携帯電話・メールアドレス)
を明記の上、info@tttc.jpまでお送りください。
問:田尾下哲シアターカンパニー03-6419-7302(ノート株式会社内)
info@tttc.jp
03-6419-7302(ノート株式会社内)
●田尾下哲シアターカンパニー
http://tttc.jp/