林美智子ら豪華歌手たちが勢揃い!“アリアのみ”で描くモーツァルト《フィガロの結婚》

左:林 美智子 ©Toru Hiraiwa
右:過去の公演(林美智子の「フィガロ!」重唱版)より ©池上直哉

 オペラの世界は幅広く、神話から民話、童話に史実など多種多様だが、中でも人気のモーツァルト《フィガロの結婚》は、革命前の貴族と市民層の対立が背景とはいえ、要は「職場のセクシュアルハラスメント根絶!」がテーマになる。好色者の伯爵は今ならオーナー企業の社長。主人公フィガロは叩き上げの課長職、その婚約者スザンナは社長夫人秘書といったところ。夫人の目を盗んでスザンナに手を出す伯爵をフィガロがピシャリとやりこめて大団円になる。

 こうした「心の闘い」を描く作品の場合、身近に起き得る話なので観客も感情移入がしやすいもの。声の豊かな歌い手たちが達者な演技力で取り組んだなら、それだけで説得力が湧いて出る。

 その点にいち早く気づいたのがメゾソプラノの林美智子。「オペラは初めての人も気軽に親しんでほしい」と切に願う彼女は、自ら書きおろした日本語の語りとセリフを交え、室内楽ホールの空間を使って《フィガロの結婚》をハイライトで上演。今回は、「登場人物の名アリアを漏れなく紹介」するスタイルのもと、林自身は侍女長マルチェリーナと少女バルバリーナの2役を担当し、題名役のフィガロには若さ満載のバリトン加耒徹(反骨精神のアリア〈もう飛ぶまいぞ、この蝶々〉に期待大!)、スザンナ役にハキハキしたソプラノ迫田美帆、伯爵は重厚なバリトン黒田博、伯爵夫人に優雅なソプラノ澤畑恵美など贅沢な配役陣が展開する。名作をシンプルに味わう好機として広く勧めたい。

文:岸 純信(オペラ研究家)

(ぶらあぼ2025年7月号より)

室内楽ホールdeオペラ 林 美智子の『フィガロ!』 アリアでつなぐ『フィガロの結婚』全幕
2025.9/20(土)14:00 第一生命ホール
問:トリトンアーツ・チケットデスク03-3532-5702 
https://www.triton-arts.net


岸 純信 Suminobu Kishi

オペラ研究家。『ぶらあぼ』ほか音楽雑誌&公演プログラムに寄稿、CD&DVD解説多数。NHK Eテレ『らららクラシック』、NHK-FM『オペラファンタスティカ』に出演多し。著書『オペラは手ごわい』(春秋社)、『オペラのひみつ』(メイツ出版)、訳書『ワーグナーとロッシーニ』『作曲家ビュッセル回想録』『歌の女神と学者たち 上巻』(八千代出版)など。大阪大学非常勤講師(オペラ史)。新国立劇場オペラ専門委員など歴任。