
昨年、日本製鉄紀尾井ホールにおける「狂乱 KYO-RAN 響蘭」というソロ・リサイタルで、ベルカント・オペラの四人のヒロインによる“狂乱の場”を一日で歌って観客の度肝を抜いた佐藤美枝子。
「若い頃から劇的なソプラノの役に重きを置いて勉強してきたので、ある程度の年齢になり、声に厚みが増して下から上まで統一した声が出るようになったら絶対に歌いたいと思っていた、念願のコンサートでした」
技術と表現の両面が充実した近年の佐藤は日本オペラへの出演も多い。昨年2月に日本オペラ協会が新作初演し大評判となった、倉本聰原作の《ニングル》がこの9月に再演され、佐藤は再びかつら役で出演する。人間による自然破壊をテーマにした物語の要となる役で、登場場面は多くないが劇中でも特に印象に残るアリアを歌う。作曲の渡辺俊幸の旋律が光るベルカント的な一曲だ。
「かつらは予言的なことも言っていますし、地球を素晴らしいものに戻してほしいという願いを込めて、皆を見守っています。『このシーンで号泣しました』と言ってくださる方がいるのも、渡辺先生の音楽が心の琴線に触れるからこそ、だと思います」
演出の岩田達宗とは佐藤がオペラにデビューした頃からの長い付き合いだ。「狂乱 KYO-RAN 響蘭」でも岩田の演出と司会が、オペラの物語を際立たせていた。
「岩田先生は本当に博識で、歌手の力を最大限に引き出してくださる方です。稽古場ではとても厳しくて、『自分が満足していたら客席には何も伝わらない!』と大きなダメ出しをいただくこともあるのですが、私は自分を育ててくださった師匠だと思っています」
日本オペラ協会の上演の特徴は何といっても日本語表現の素晴らしさだろう。
「日本語という母語を、どれだけ西洋の発声に基づいたところで発語してお客様に伝えるかが、日本語をオペラとして歌う意味だと思っています。以前、《夕鶴》公演にむけての記者会見で、『私は私なりにベルカントで日本語を発語して、つうを歌わせていただきたいと思っています』と申し上げたところ、今は亡き(日本オペラ協会の創立者で総監督を長く務めた)大賀寛先生に『その通り。そのままやってくれればいいんだよ』と仰っていただいて。今はそれを郡愛子先生が受け継がれて、日本オペラの時には私たちも郡先生の大変厳しい教えをいただきます。そのご指導あっての私たちのオペラなのです」
今回は昨年の初演と同一メンバーが出演。それぞれが役柄をよりいっそう熟成させて演じてくれるだろう。
取材・文:井内美香
(ぶらあぼ2025年9月号より)
日本オペラ協会公演《ニングル》
2025.9/20(土)14:00 昭和女子大学人見記念講堂
問:日本オペラ振興会チケットセンター044-819-5550
https://www.jof.or.jp

