敬愛するチャイコフスキーのオペラ《イオランタ》で妥協なきステージを
旧ソビエト時代、ピアニストとして完全無欠の超絶テクニックと精緻な音楽性でトップクラスに在ったプレトニョフ。突然のピアニスト引退後、表現の場を鍵盤から指揮棒(=オーケストラ)に変えて久しい。それが2013年にピアノと“復縁”し、そのきっかけとなったのが日本のピアノ「Shigeru Kawai」だというから、日本人としては嬉しい限り。以来、同ピアノを愛奏し、「良質の背もたれ付きピアノ椅子は海外には少ない」とのことでカワイの椅子も複数購入。1980年の初来日から光陰矢の如しだが、「前世は日本人だったのかもしれない」と言うほど日本を好み、来日時には寛ぐ表情も見せる。
「日本の聴衆はレベルが高いと感じています。音楽や音楽家に対して敬意を払っていて、初めての演目には勉強して聴きに来るなど、これは他国ではあまりないことです。ですからなおのこと、今回の《イオランタ》は日本で上演したかったのです。これはぜひとも聴いていただきたい名作ですから」
繊細な表現が多い難曲こそ演奏会形式で
本国ロシアでも上演が稀だというチャイコフスキーのオペラ《イオランタ》(1891年作)。今回は演奏会形式のスタイルだが、それも妥協のないプレトニョフだからこそ。
「昨今、オペラ演出の在り方には絶望しているのです。作曲家のスタイルも時代背景も作品の真意も蔑ろにされていて、話題になって売れればいいという商業主義が許せないのです。《エフゲニー・オネーギン》の中でタチアナが手紙を書く名シーンを、殺風景な事務所でE-mailで書くという演出で観た時には発狂しそうでした。《フィガロの結婚》はいかがわしい演出でしたし、そういうことがザルツブルクやパリで行われていることを嘆かわしく感じます。《イオランタ》はチャイコフスキー最後のオペラ作品で、繊細な表現が多い難曲。不勉強な演出家を起用するくらいなら、共に音楽を創れる名アーティスト達だけと演奏したいのです」
半ば怒りに震え、興奮気味に捲くし立てるプレトニョフにとって、チャイコフスキーは最も敬愛する作曲家である。そして《イオランタ》は長年あたためてきた作品だ。だからキャストにもこだわり、『2018 ロシア年&ロシア文化フェスティバル』のオープニングに相応しいスタイルになった。
「主役のイオランタは盲目の王女です。その地位に在りながら世間とは隔絶された状態で、そのため自分自身のこと、つまり盲目であることすら実感していないのです。ですから歌手は“盲目の役”を歌う以上に、イオランタの心の機微まで表現しなければなりません。いや、その機微こそがイオランタ役には求められるのです」
アナスタシア・モスクヴィナはじめ、万全の歌手布陣も魅力
そのイオランタ役には「彼女しかいない!」とプレトニョフが絶賛するアナスタシア・モスクヴィナ。2010年にボリショイ劇場に入団し、15年にはプレトニョフ指揮による東京フィルとも共演。今回、大注目のプリマである。
「モスクヴィナはとても美しいソプラノ歌手です。世の中に上手な歌手は多いですが、彼女は声も立ち居振る舞いも、イオランタを演じるために生まれてきたような歌手とも言えます」
愛と奇跡によってイオランタの目は見えるようになるのだが、その役を担うヴォテモン伯爵にゲルギエフとの共演も多いミグラン・アガザニアン(テノール)。他に日本の平野和(やすし)、大西宇宙(たかおき)、日本に拠点を置くヴィタリ・ユシュマノフ等々、目移りしそうな配役である。そしてプレトニョフが1990年に自ら立ち上げたロシア・ナショナル管弦楽団が、マエストロと歌手陣営を支える。当公演、ぜひ聴き逃されませんように!
取材・文:上田弘子
(ぶらあぼ2018年6月号より)
2018 ロシア年&ロシア文化フェスティバルオープニング
オール・チャイコフスキー・プログラム 歌劇《イオランタ》(演奏会形式)
セレナーデ・メランコリック*
ミハイル・プレトニョフ(指揮) ロシア・ナショナル管弦楽団
木嶋真優(ヴァイオリン)*
2018.6/12(火)18:30 サントリーホール
問:ジャパン・アーツぴあ03-5774-3040
http://www.japanarts.co.jp/
※ロシア・ナショナル管弦楽団全国公演 高崎(群馬)、武蔵野(東京)、札幌、名古屋、福岡、高知、周南(山口)、所沢(埼玉)の詳細は、上記ウェブサイトでご確認ください。
公演により、プログラムおよびソリストは異なります。