大野和士が全幕バレエを初めて指揮〜東京シティ・バレエ団創立50周年記念公演『白鳥の湖』

 東京シティ・バレエ団は創立50周年記念として『白鳥の湖』(以下『白鳥』)を来る3月3日から3月6日まで東京文化会館で上演する。今回の『白鳥』は藤田嗣治の美術、大野和士指揮東京都交響楽団がピットに入ることが大きな話題。公演に先立ち、都内で取材会が開かれ、同バレエ団芸術監督の安達悦子と東京都交響楽団音楽監督の大野和士が登壇し、公演の経緯と抱負を語った。
(2018.1/13 東京文化会館 Photo:J.Otsuka/Tokyo MDE)

安達悦子(左、東京シティ・バレエ団芸術監督)と大野和士(東京都交響楽団音楽監督)

 
安達と大野の出会い、そして『白鳥の湖』
 安達と大野は小学校時代、同級生でしかもピアノの教師も同じだったという間柄。音楽クラブでともにプレイヤーとして音楽会で共演していたという。その後、バレエの道に進んだ安達は、ある時、日本バレエの第一人者である小牧正英から「君の同級生でこれから素晴らしい指揮者になる人がいるよ」と大野の名前を聞き、「あの時の大野和士君?」と驚いた。
「小学生の頃から大野さんは成績も優秀で、またオーラのある方でした。子どもながらに政治家など日本の社会をひっぱっていく存在になるだろうと思っていたので、音楽の道で活躍しているとうかがってびっくりしたんです。雑誌の取材で対談の機会があり再会し、大野さんのデビュー・コンサートなども聴かせていただきました。翌年には、神奈川県民ホールでのオペラ《サムソンとデリラ》のバレエの場面を大野さんの指揮で踊らせていただきました。大野さんの作り出す音楽は、私にとって一番ぴったりくるもので、ただ感動するだけでなく、心地よいんです。いまでも大野さんの音楽で踊った当時の感覚が心に残っています。その後、大野さんが東京フィルと行った〈オペラ・コンチェルタンテ〉でダンサーとして出演したり振付で参加したりすることがあり、大野さんにいつかバレエの本公演を指揮してほしいとずっと思っていました」
安達悦子

 2009年に安達が東京シティ・バレエ団の芸術監督に就任した際、「音楽的なバレエ団」を目指すように、とサジェスチョンを受け、交響楽的な音楽を用いたウヴェ・ショルツの作品なども取り上げるようになった。バレエ団は“音楽的なバレエ”という方向性を推し進めるかたちで活動してきた。
「東京シティ・バレエ団が創立50周年を迎えるにあたり、旗揚げ公演が若杉弘先生指揮のNHK交響楽団との共演だったことを踏まえ、意を決して大野和士さんに指揮を依頼したのです」

 これを受けて大野は安達との思い出を次のように語る。
「小学校の連合音楽会で共演して、オーディションの時に『ペルシャの市場』を演奏したのを覚えています。当時の安達さんは、体育の授業の時に、跳び箱で6段の高さをきれいなフォームで飛び越えてしまうのが印象的でしたね。私は跳び箱が苦手で、全然跳べなかったので恥ずかしい思い出があります(笑)。
 藝大時代、オペラのコレペティを勉強していた頃、小牧正英先生のバレエ団に出入りしていて、その時にバレエの指揮を勉強していました。先ほどのお話にもあったように、安達さんと再会し、彼女がバレエ界で活躍していることを知ったんです。トスカニーニ・コンクール優勝後、初めて振ったオペラが神奈川県民ホールでの《サムソンとデリラ》だったのですが、その“バッカナール”で安達さんに出演を依頼したんです。私の方も〈オペラ・コンチェルタンテ〉を経て、いつかは彼女とバレエ全曲で共演できたらいいなと考えていました。最近もベルリオーズのオペラでバレエの部分を振ったのですが、バレエ作品全曲を振るのはこれが初めてです。とても楽しみです」

左:大野和士 右:安達悦子

 チャイコフスキーに意欲を燃やす大野。
「『白鳥』全曲を振らないかと安達さんからメールでオファーをいただいたとき、心を揺り動かされ、すぐにOKの返事を送りました。『白鳥』はピアノ協奏曲第1番や、オペラ《エフゲニー・オネーギン》を書きあげた頃、つまり30代半で、作曲家として巨匠となる契機となった作品です。チャイコフスキーの三大バレエを知っているのと知らないとでは雲泥の差があります。チャイコフスキーを理解し、語るうえでバレエは不可欠なのです。モーツァルトにおけるオペラと同じと言えます。『白鳥』は全4幕でシンフォニーのような作品です。ディヴェルティスマンの部分ふくめ、劇的、交響楽的な内容が密となった作品。今回、都響のオーケストラは14型の大編成を採用、ワーグナーやR.シュトラウスのように色彩的で厚みのあるサウンドになると思います」

 さて、この上演では藤田嗣治(1886〜1986)の美術が復元されるのも注目される。実は第二次大戦直後、1946年、帝国劇場での『白鳥の湖』日本初演の舞台美術を手掛けたのが、エコール・ド・パリの代表的な画家として活躍した藤田(レオナール・フジタ)だったのだ。ただ藤田の美術は全部が残されておらず、資料にあたりながら綿密に再現するという。セットも帝国劇場用から東京文化会館用にリサイズする。藤田の美術に魅了された安達は次のように語る。
「藤田の舞台美術を研究している佐野勝也さんからこの美術を教えていただき上演したいと考えました。バレエは総合芸術であることをアピールしたいという思いでいっぱいです。藤田はパリでバレエ・リュスを観た初めての日本人だったと思います。舞台芸術に明るい彼の想いを再現したい」

大野和士

 大野も藤田の美術に大いなる関心を示す。
「以前、戦時中の音楽と美術を調べている時に藤田の絵を知ることになったのです。リヨン国立美術館などで藤田の自画像や乳白色の女性の作品を見ていましたが、彼の描いた戦争画は号数が大きいのが印象的でしたね。帝国劇場で上演された『白鳥』の舞台スケッチ画を観て、描かれている季節が『春』なのですが、藤田は戦後の新しい時代の復活の証左として取り組んだに違いないと感じました。“日本の夜明け”“芸術の自由”“人間自身が感性に目覚めた喜び”という意味での“春”だと思います。こうした藤田の意志をもういちど認識したい」

 今回の『白鳥』のエンディングについて安達はこう述べる。
「残された絵を見ると、第4幕で明るい世界が復活するように表現しています。東京シティ・バレエ団が上演している石田種生版も第4幕は悲劇でなく、愛の力の勝利として描いています。ロートバルトが死ぬだけでなく、オデットも魔法が解かれ人間として蘇るように描いています。キャスティングもベルリン国立バレエ団のプリンシパル、ヤーナ・サレンコさん、ディヌ・タマズラカルさんをお呼びし、当団からは中森理恵とキム・セジョンが出演し高いレヴェルの演技をお見せできると思います」
 大野も「エンディングでは、時代の影が取り払われるという動きと連動していると思います。『白鳥』は最後の和音がD-durで終わりますがそうしたことの昇華に繋がるのではないでしょうか」と語る。

 バレエ・ファンだけでなく、チャイコフスキーが好きな方はもとよりオーケストラ・ファンの方もぜひ足を運んでもらいたい。

東京シティ・バレエ団創立50周年記念公演
『白鳥の湖』 〜大いなる愛の讃歌〜
2018.3/3(土)〜3/6(火)東京文化会館
問:東京シティ・バレエ団03-5638-2720
http://www.tokyocityballet.org/