interview & text:オヤマダアツシ
photos:野口 博
人気ピアニストがオーケストラを創設するという話は、なかなかにインパクトが強く、それだけに「どういう演奏をするのだろう」「既存のオーケストラとはどこが違うのだろう」という期待感が高まる。特にメンバーが若い世代であるなら未来を視野にさまざまなことへ挑戦し、音楽家ばかりではなく聴衆が共感するという図式も見えてくるからだ。反田恭平が突如として立ち上げた「MLMナショナル管弦楽団(MLM=ロシア語で『音楽を愛する青年たち』という意味の略称)」は、反田自身やコンサートマスターを務める岡本誠司らが中心となり、同世代の音楽家から精鋭を選んだというオーケストラだ。7月後半に5か所で行われる立ち上げコンサートは、新鮮なアイデアも盛り込みつつフレッシュな演奏が聴けるであろうツアーとして、すでに注目を集めている。
MLMオーケストラは ダブルカルテットの進化形
──オーケストラの立ち上げには驚きましたが、以前のインタビュー等においても指揮者に興味があることは表明していましたね。
サッカーに夢中だった小学生の頃にピアノを始め、11歳になってから桐朋学園の音楽教室に通い出しましたが、そこで参加した指揮者のワークショップがすべての始まりでした。夏休みがつぶれてしまうので、実はいやいや参加したのですが、ワークショップの最後にオーケストラを指揮できるというチャンスが与えられたのです。今でも忘れませんが、調布グリーンホールのステージでオーケストラは東京ニューシティ管弦楽団。僕はまだ身長150cmくらいの子どもですよ。その子どもが手を振り下ろすと、ものすごい音楽がドーンと鳴り出すわけです。その瞬間でしたね、それまで一番大切だったものが“サッカー”から“音楽”へと変わったのは。翌年には『題名のない音楽会』の企画(振ってみまSHOW)で、再びオーケストラ(東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団)を指揮するチャンスに恵まれたのですが、ピアノという枠を越えて「クラシック音楽」という大きなものの魅力を教えてくれた体験だったなと思えるのです。
──その体験から生まれた思いは、ずっと持続されてきたわけですね。
2018年にMLMダブルカルテットのコンサートをしたことがきっかけとなり、今回のオーケストラへと結びつきました。今回もその時に演奏したメンバーの多くに加わってもらいましたが、特にヴァイオリンの岡本誠司君にはオーケストラに発展させたいという具体的な話や、いろいろな野望があるから可能な限り付き合ってくれないかということを話していました。
──とすると、反田さん、岡本さんの人脈で今回のメンバー(反田自身を含む17名)を決めたということですか。
弦楽器は岡本君の人脈が大きいですね。できるだけ一緒に演奏したことがあって、音楽性に共感できる同世代の人を選びたかったので、僕たちなりのこだわりは貫けたと思います。
──管楽器はどうでしょう。
2016年に「出光音楽賞」を一緒に受賞した、オーボエの荒木奏美さんに声をかけました。僕自身は、たとえばホルンに上吹き下吹きがあるなんていうことも知りませんでしたから、勝手に選ぶとバランスが悪くなってしまうなと思ったので、荒木さんや他のメンバーに相談しながら、素晴らしいメンバーを集めることができたというわけです。オーボエの浅原由香さんは僕がコンサートを聴きに行って声をかけましたし、東京シティ・フィルで首席を務めているファゴットの皆神陽太さんは、2017年に佐渡裕さんの指揮でコンサートツアーをしたときから「ああ、この人は絶対に誘いたい」と思っていました。フルートの八木瑛子さんやファゴットの古谷拳一さんは、岡本君が学生時代から一緒に演奏していたので、信頼度はバッチリですね。皆さん忙しい方ばかりなので、スケジュールを調整して参加してくれて、本当にうれしいです。
ソリスト級の演奏家が集まった オケであることをアピールしたい
──コンサートのプログラム(演奏曲)に関しても、コンチェルトあり室内楽ありで、メンバー個々にもスポットライトが当たるような構成が新鮮です。
今回はまず、僕自身がモーツァルトのピアノ協奏曲第17番を、みんなと演奏したかった。そこから広げていきましたが、よくあるオーケストラのコンサートとは違い、さらには「僕とその他の音楽家」ではなくて全員がソリスト級のオーケストラだということをアピールしたかったのです。実力がある音楽家ばかりなので、そういう中から個性的な「オーケストラの音」が生まれたら面白いじゃないですか。ここのところ、岡本君や古谷さん、大江馨さんなどが国際コンクールで活躍しているのを見て、MLMオーケストラとしても本当にうれしいんです。
──反田さん自身のソロ(モーツァルトのピアノ・ソナタ第8番)もあるし、ボッケリーニやプーランクの室内楽曲もあるし、岡本さんがソロを弾くベートーヴェンの「ロマンス第2番」も。まさにオーケストラのガラ・コンサートみたいなプログラミングですよね。
ボッケリーニは弦と管の混合による八重奏曲で、あまり知られてはいないけれど素敵な曲があることを伝えたかった。プーランクの三重奏曲は『のだめカンタービレ』で「ヤキトリオ」が演奏した曲といえば、興味をもつ方がいらっしゃるかもしれません。プーランクは六重奏曲も素晴らしいので、もっと演奏したいですね。
──初回がこうした構成ですと、2回目以降も予想がつかないプログラムになりそうですね。
来日して話題になったムジカエテルナ(ロシアのオーケストラ)のコンサートで、アンコールにコンサートマスターがチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲の最終楽章を弾いて、みんなが驚いたということもありましたよね。そういったことも刺激になっています。MLMオーケストラもメンバーがソロを演奏するコンチェルトや室内楽を積極的にやっていきたいですし、それこそが他のオーケストラとは異なる個性になるのだと思います。とにかく、自信をもって紹介したい演奏家ばかりですし、もっと知っていただくためにオリジナルCDの制作・販売もしていきます。
[次回の予告]
第2回は、反田と共に創設の中心となった岡本誠司(ヴァイオリン)、森田啓佑(チェロ)が加わり、楽しい雰囲気の中で新しいアイデアなどをうかがいます。
Profile
反田恭平(Kyohei Sorita)
1994年生まれ。2012年 高校在学中に、第81回日本音楽コンクール第1位入賞。併せて聴衆賞を受賞。2013年M.ヴォスクレセンスキー氏の推薦によりロシアへ留学。2014年チャイコフスキー記念国立モスクワ音楽院に首席で入学。
2015年イタリアで行われている「チッタ・ディ・カントゥ国際ピアノ協奏曲コンクール」古典派部門で優勝。年末には「ロシア国際音楽祭」にてコンチェルト及びリサイタルにてマリインスキー劇場デビューを果たす。2016年のデビュー・リサイタルは、サントリーホール2000席が完売し、圧倒的な演奏で観客を惹きつけた。また8月の3夜連続コンサートをすべて違うプログラムで行い、各日のコンサートの前半部分をライヴ録音し、その日のうちに持ち帰るというCD付プログラムも話題になる。3日間の追加公演も行い、新人ながら3,000人を超える動員を実現する。2017年4月には佐渡裕指揮、東京シティフィル特別演奏会の全国12公演のソリストを務め全公演完売の中、各地でセンセーションを巻き起こす。6月にはNHK交響楽団との現代曲への挑戦し、初の全国リサイタル・ツアー13公演は全公演完売し、2018年の夏のリサイタル・ツアー19公演も好評のうちに終了した。
2019年のシーズンは室内楽の新たな提案をするべく展開していく。
デビューから4年、コンサートのみならず「題名のない音楽会」「情熱大陸」等メディアでも多数取り上げられるなど、今、もっとも勢いのあるピアニストとして注目されている。現在、ショパン音楽大学(旧ワルシャワ音楽院)にてピオトル・パレチニに師事。また、TVアニメ「ピアノの森」に阿字野壮介のメインピアニストとして参加している。
MLMナショナル管弦楽団
https://www.kyoheisorita.com/mlm/
Information
MLMナショナル管弦楽団のツアー
2019.7/24(水)15:00 神奈川/秦野市文化会館
7/25(木)18:30 栃木/足利市民プラザ 文化ホール
7/26(金)19:00 東京/サントリーホール
7/27(土)14:00 宮城/多賀城市民会館
7/31(水)19:00 長野/サントミューゼ 大ホール(上田市交流文化芸術センター)
※ツアーの詳細は以下ウェブサイトでご確認ください。
https://www.kyoheisorita.com/mlm/#schedule
CD『ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第3番/ピアノ・ソナタ第2番』
反田恭平(ピアノ)
アレクサンドル・スラドコフスキー(指揮)
ロシア・ナショナル管弦楽団
日本コロムビア
COCQ-85458 ¥3000+税