N響で味わうホルンの魅力――世界的名手アレグリーニが奏でる“夏の宵”

左より:下野竜也 ©Shin Yamagishi/アレッシオ・アレグリーニ ©Riccardo Musacchio/NHK交響楽団

 豊かにして深い響きが魅力的な金管楽器、ホルン。今年のフェスタサマーミューザ KAWASAKI でのNHK交響楽団による公演では、「角笛に誘われる夏の宵」というテーマで、このホルンという楽器をクローズアップする。

 オーケストラには欠かせない楽器であるホルンだが、もともとは、狩猟の現場で使われていた実用的な道具だった。動物の角などで作られ、遠くまで合図を送るために用いられていた。

 そんな荒々しい楽器もさまざまな改良を重ね、音楽演奏の場へ参入を果たす。最初は、オペラや劇における狩りのシーンにおける特殊効果として使われたものの、その野性的な響きに魅せられて多くの楽曲で取り入れられていった。

 この演奏会で冒頭を飾るハイドンの交響曲第73番もその一つといっていい。「狩り」という標題は、終楽章にスコアにハイドン自身がそう書き込んだことに由来するという。このプレスト楽章には、オーボエとホルンによって狩りの主題(第2主題)が登場する。その後の野趣あふれる展開部も聴きどころだ。

 ホルンは演奏の難しい楽器としても知られる。とりわけバルブが導入される前は、音高を正確に吹くのさえ困難を極めた。そうした技術をクリアした名手といわれる奏者が登場し、ホルンを独奏楽器とした協奏曲も書かれるようになる。モーツァルトも、3曲のホルン協奏曲を作曲している。そのモーツァルト作品へのオマージュともいえる協奏曲が、この日2曲目に演奏されるリヒャルト・シュトラウスのホルン協奏曲第2番だ。

 父親がホルン奏者だったことから、この楽器に精通していたシュトラウス。18歳で書いた第1番の60年後に作曲されたこの第2番は、晩年が近づいた作曲家による古典への回帰が色濃い作品だ。とはいっても、この楽器への要求度はかなり高い。ホルンは冒頭楽章の頭から華麗な旋律を奏でなければならないのだから。

 今回は、贅沢なことに、イタリアの名手アレッシオ・アレグリーニがそのソリスト務める。若くしてムーティの希望でミラノ・スカラ座の首席奏者に就き、その後もベルリン・フィルのゲスト客演奏者、モーツァルト管弦楽団の首席などを歴任。ドイツ・グラモフォン・レーベルからは、アバドとの共演でモーツァルトの協奏曲集なども録音している。現在、ソリストとして活躍しつつ、サンタ・チェチーリア国立アカデミー管、ルツェルン祝祭管の首席奏者も務める、まさしく現代を代表するホルン奏者だ。

アレッシオ・アレグリーニ ©Riccardo Musacchio

 ホルンという楽器がいかに演奏が難しいことを忘れさせてくれるような、しなやかな技巧。そして、旋律をしっとりと歌わせる彼の音楽性が、この協奏曲によってより明確に発揮されることは間違いない。

 ロマン派の時代に入ると、ホルンという楽器がもたらす響きは「狩り」だけでなく、そこから派生していくかのように「森」や「自然」、そして「冒険」や「英雄」といったものを象徴することになる。

 神秘的な森のように、自然への憧れが強いドイツにおけるロマン派の作曲家たちは、ホルンの役割を重視した。「狩り」の荒々しいイメージは次第に後退し、自然への敬意や、郷愁といったニュアンスがより濃くなる。

 さらに、オーケストレーションの進歩は、ホルンの役割をさらに重要なものとした。たとえば、その金管でありながら木管のようにまろやかな響きは、木管と金管の響きをシームレスに繋ぐ。ホルンは、オーケストラの響きの一体感をもたらすことにも深く関わっている楽器でもあるのだ。

NHK交響楽団

 そうしたオーケストラのなかでのホルンの役割がよくわかるのが、この日の最後に演奏されるメンデルスゾーンの劇付随音楽「夏の夜の夢」だ。

 その序曲では、神秘的な木管の4和音に呼応して羽ばたくような弦の細やかな動きが序奏として現れる。展開部や再現部にあたる部分になると、そうした幻想的な雰囲気のなか、ホルンとオフィクレイド(多くの場合テューバで代用)が狩りを思わせる和音を鳴らす。幻想と現実が交差しているような場面だ。一転して、このコーダでのホルンは、森の深みを表すかのよう。

 そのホルンが主役となるのが「夜想曲」だ。夜の静まりかえった森を表すように、ホルンが柔らかに歌う。そして、金管アンサンブルによるファンファーレが印象的な「結婚行進曲」。華やかさをどっしりと支える中低音として、ここでもホルンは大活躍だ。

下野竜也(NHK交響楽団 正指揮者) ©Shin Yamagishi

 テクニシャン揃いのN響のホルン奏者たちが、シェイクスピアとメンデルスゾーンが作り上げた幻想世界にリアルな彩りを与えてくれるはずだ。そして、そのN響を指揮するのは、下野竜也。持ち前の的確なコントロールによって、テーマをより生き生きと輝かせる音楽作りが期待できよう。

文:鈴木淳史

フェスタサマーミューザ KAWASAKI 2026
2026.7/25(土)~8/11(火・祝)

NHK交響楽団
角笛に誘われる夏の宵

2026.8/3(月)19:00 ミューザ川崎シンフォニーホール
(17:45開場/18:15〜プレコンサート)

出演
指揮:下野竜也
ホルン:アレッシオ・アレグリーニ

曲目
ハイドン:交響曲第73番 ニ長調 Hob.I:73 「狩り」
R.シュトラウス:ホルン協奏曲第2番 変ホ長調
メンデルスゾーン:劇付随音楽『夏の夜の夢』op.21 & op.61から 序曲―スケルツォ―間奏曲―夜想曲―結婚行進曲

問:ミューザ川崎シンフォニーホール 044-520-0200
https://www.kawasaki-sym-hall.jp/festa/

特集:フェスタ サマーミューザ KAWASAKI 2026
 22回目となる真夏のオーケストラの祭典、フェスタサマーミューザKAWASAKI 2026の季節がやってくる。合言葉は「百花“響”乱!」。18日間にわたり、首都圏9つのオーケストラに、仙台フィルが加わった10団体が、豪華指揮者陣のもと、様々なプログラムで競演を繰り広げる。
 オープニングを飾るのは、創立80周年を迎える東京交響楽団の第4代音楽監督に就任したロレンツォ・ヴィオッティ。そして、大野和士、佐渡裕、高関健、セバスティアン・ヴァイグレといった楽団を代表するベテラン指揮者。さらに大巨匠・小林研一郎に、フィナーレといえばこの人、原田慶太楼など、豪華な顔ぶれが続々登場する。他にも恒例の「サマーナイト・ジャズ」や「真夏のバッハ」、小川典子の「イッツ・ア・ピアノワールド」など人気企画も充実。満足度96%の音楽祭を満喫しよう!


鈴木淳史 Atsufumi Suzuki

雑文家/音楽批評。1970年山形県寒河江市生まれ。著書に『クラシック悪魔の辞典』『背徳のクラシック・ガイド』『愛と幻想のクラシック』『占いの力』(以上、洋泉社) 『「電車男」は誰なのか』(中央公論新社)『チラシで楽しむクラシック』(双葉社)『クラシックは斜めに聴け!』(青弓社)ほか。共著に『村上春樹の100曲』(立東舎)などがある。
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