日本音楽界を牽引したふたりの巨人に捧ぐ
今年の2月6日に小澤征爾が亡くなり、多くの音楽ファンの心にポッカリと穴が空いているかもしれない。奇しくも2024年は小澤の師である齋藤秀雄の没後50年にあたる。桐朋学園大学は「齋藤秀雄先生 没後50年 メモリアル・コンサート〜小澤征爾さんへの哀悼とともに〜」と冠したコンサートを開催する。指揮は秋山和慶と沼尻竜典が担い、日本チェロ界を牽引し続ける大御所・堤剛もソリストとして参加する。このコンサートに向けた抱負、そして師である齋藤、先輩である小澤への想いを秋山に聞いた。
「齋藤先生の思い出というと、はじめは本当に厳しかった、怖かったという思い出しかありません。今回のコンサートで、私はチャイコフスキーの『弦楽セレナーデ』を指揮しますが、この1曲だけでも、たくさんの思い出があります。たとえば初めてこの曲を指揮した時ですが、リハーサルで最初の音を出そうと指揮棒を振り上げる直前に『ダメだ!』と齋藤先生の声が響きます。ご存知のようにチャイコフスキーの『弦セレ』の最初の1音はとてもダイナミックな1音です。その音をオーケストラに求めるための指揮者としての心構えがダメだから、身体の構えにも気迫が感じられないということなのです。その最初の1音を出すまでに、どんなに時間がかかったか。今でもこの曲を振る時はそれを思い出しますね」
今回のメモリアル・コンサートは、まず齋藤秀雄門下特別編成チェロ・アンサンブルによるクレンゲル「賛歌」で始まり、モーツァルトの「ディヴェルティメント K.136」以降、チャイコフスキー「弦楽セレナーデ」、ドヴォルザークのチェロ協奏曲を齋藤秀雄先生没後50年特別編成メモリアル・オーケストラが演奏する。秋山はモーツァルトとチャイコフスキーを担当、もちろん堤がドヴォルザークのソロを弾き、沼尻が指揮する。齋藤秀雄門下なら、あるいは桐朋学園大学出身者なら誰もが身体にその音楽を染み込ませているプログラムと言えるだろう。
「齋藤先生がモーツァルトの『ディヴェルティメント』を教育の場で取り上げたのは炯眼だと思います。そこには音楽のあらゆる要素が入っています。メロディの華やかさ、軽やかさだけでなく、リズム的な要素もとても重要になってきます。あのモーツァルトのリズムをきちんと表現できるようになるのは、とても時間がかかって難しいことですが、それを若い頃から演奏家たちは叩き込まれる訳です。そのリズム感の良さというのは小澤さんの指揮のひとつの特徴でもありますよね。
齋藤先生はドイツに留学されて、クレンゲル、フォイアマンにチェロを師事されましたが、指揮に関しては、新交響楽団時代に出会ったローゼンシュトックの大きな影響を受けました。古い音楽ファンならご存知でしょうが、ローゼンシュトックはトスカニーニの薫陶も受けた指揮者でした。その人から多くを吸収し、音楽に対する厳密な考え方や的確な指揮の方法を体系化していくことがいわゆる『サイトウ・メソッド』に繋がりました」
そしてその「メソッド」は単に型を教えるものではなく、音楽的な本質に迫っていく方法として、実際の指揮の学びのなかで弟子たちに伝えられていった。秋山も指揮活動はすでに60周年を迎える。9月21日には東京交響楽団第724回定期演奏会が「指揮者生活60周年記念」と題され開催されることにも注目したい。こちらは竹澤恭子をソリストに迎えたベルクのヴァイオリン協奏曲とブルックナー交響曲第4番「ロマンティック」という組み合わせだ。
取材・文:片桐卓也
(ぶらあぼ2024年9月号より)
齋藤秀雄先生 没後50年 メモリアル・コンサート〜小澤征爾さんへの哀悼とともに〜
2024.9/18(水)18:30 サントリーホール
問:ヒラサ・オフィス03-5727-8830
https://www.tohomusic.ac.jp/college/