2023年秋 高坂はる香のワルシャワ日記5
取材・文:高坂はる香
ここからは、ファイナリストや入賞者、審査員の言葉をご紹介していきます。
まずは第3位、アメリカの Angie Zhang さん。上位入賞者の中で唯一ピリオド楽器を専門に勉強しているピアニストです。
—— ピリオド楽器はどのように学んでこられたのでしょうか?
ピリオド楽器は長らく私の人生の一部であり続けています。ピリオド楽器を愛していて、演奏することにやみつきの状態です。だからこそより多くの人に弾いてほしいし、聴衆にも増えてほしいと思い、このコンクールに参加しました。それは私がこれからの人生をかけてすべきことだと思っています。
人気の曲はモダンピアノで演奏されることが多いですが、実際にその多くはモダンピアノが発明される前に作られています。つまり、モダンピアノ版のトランスクリプションを聴いているようなものです。
作曲家が作品をあのように書いたのは、当時のピリオド楽器に応じてのこと。モーツァルトはモダンピアノがあったらもっと別の作品を書いていたでしょうし、逆にいうとあのような作品は書いていなかったと思います。
フォルテピアノで演奏することはマジカルな体験で、私自身はずっと続けていきたいです。聴き手にオープンな心を持ち、耳を開いてもらうことが大切です。
—— ショパンはあなたにとってどんな作曲家ですか?
彼の音楽を演奏するには、特別な献身、心と魂が必要です。どうすれば真に優れた演奏をできるか、教えられる人はいません。つまりショパンを弾くことは、自分が誰なのかを考える、いわば自己発見であり、世界を見ることでもあると思っています。
—— 第2ステージではグラーフのピアノも巧みに操って演奏されていましたね。
ありがとうございます! あのグラーフはじめ、私は今回弾いたどの楽器も好きでしたが、それぞれが自分の魂を持っていて、別の人に会うような感覚でした。そこで、1台だけでなく複数のピアノを弾くことで、あらゆる色を出し、画家のようにおもしろい絵を描きたいと思いました。
ショパンのような作曲家は、現代楽器ではない、ピリオド楽器の色を使って創作をしていました。一方のモダンピアノは、1セットの色で描くという感覚でしょうか。私はモダンピアノでの演奏もしますし、それにはその良さがありますが、ピリオド楽器とは別のものです。
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もう一人の第3位は、中国の Yonghuan Zhong さん。14歳の頃、ピアノを学ぶために母と二人でポーランドのカトヴィツェに移り、現在シマノフスキ音楽院でシヴィタワさんに師事しています。
—— ファイナルはいかがでしたか?
とても楽しみました。オーケストラはとても協力的で、本当に助けてくれました。
—— エラールのピアノがよく鳴っていましたね。どの楽器を使うか、すぐに決められましたか?
選ぶのは簡単ではありませんでした。それぞれすばらしいキャラクターを持っていましたから。今回は、作品と自分の演奏に合うと感じたものを選びましたが、全ての楽器が何かを語っているように感じられました。
—— ピリオド楽器の演奏のスタイルにはどうやって親しんだのですか?
さまざまな録音を聴いて学びました。それから、200年前にもこの美しい音が聴かれていたのだろうと想像しながら、ピリオド楽器から自分が一番美しいと感じる音を出すことを考えました。美しいものは、いつの時代も美しいですから。そうやってピリオド楽器の音色を見つけていきました。コンクール中は練習室にすばらしい楽器が入っていて、練習環境も充実していたので、とても助かりました。
—— ポーランドに留学されているくらいですから、やはりショパンがお好きなのですか?
はい、僕の心の中でとても重要な位置を占めています。人間的なキャラクターがとてもユニークですし、作品のほとんどがピアノのためのもので、異なる音域を使って独特の方法で作品を書いています。どの楽曲もパーソナルです。そういう音楽が、そして彼の作曲の仕方が僕は大好きなのです。あ、あと彼の性格も!
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あわせて、入賞は果たせませんでしたが、ファイナルの結果発表前、ピリオド楽器を専門に勉強しているピアニストとして注目されていたオーストリアの Martin Nöbauer さんのお話もお聞きできたので、ご紹介します。
—— ファイナルではプレイルを選びましたね。
はい、プレイエルの親密な音質が合うと思ったのと、あまり関係ないかもしれないけど、イグナツ・プレイエルもオーストリア人で、僕もオーストリア人だから、繋がりを感じて。いずれにしても、プレイエルはショパンの音楽に適した楽器です。
—— いつからピリオド楽器を演奏しているのですか?
14歳の頃レッスンを受けるようになりました。それ以来興味を持ち続けています。モダンピアノも弾きますけれど。
—— どんなところに惹かれるのでしょうか?
楽器に適応しようとする中で、常に新しい発見があるところですね。ピリオド楽器を演奏するには、柔軟に、自発的に決めてゆくことが求められます。
—— 例えば装飾音の付け方のようなピリオド楽器の演奏スタイルは、どのように体得するのでしょうか?
説明するのは難しいですが…一部の作曲家がもともと楽譜に書き込んでいる装飾音をたくさん弾いていくうちにその言語に慣れることで、別のパートでもその感覚を転用してみたり、逆に何か新しいことをしてみたりするという感じです。
いずれにしても、そこに正解・不正解のような絶対の答えはありません。その人の趣味の問題だと僕は思います。今回はコンクールという場ですから、審査員の先生方がどういう考えをお持ちか、それによるでしょうね。
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ピリオド楽器を専門としているピアニスト、ショパンを愛しているピアニスト、それぞれが音楽への熱い気持ちをもって臨んでいたことが伝わる言葉でした。
International Chopin Competition on Period Instruments
https://iccpi.pl/en/
♪ 高坂はる香 Haruka Kosaka ♪
大学院でインドのスラムの自立支援プロジェクトを研究。その後、2005年からピアノ専門誌の編集者として国内外でピアニストの取材を行なう。2011年よりフリーランスで活動。雑誌やCDブックレット、コンクール公式サイトやWeb媒体で記事を執筆。また、ポーランド、ロシア、アメリカなどで国際ピアノコンクールの現地取材を行い、ウェブサイトなどで現地レポートを配信している。
現在も定期的にインドを訪れ、西洋クラシック音楽とインドを結びつけたプロジェクトを計画中。
著書に「キンノヒマワリ ピアニスト中村紘子の記憶」(集英社刊)。
HP「ピアノの惑星ジャーナル」http://www.piano-planet.com/