荒井英治(ヴァイオリン)

1つのドラマを形成する、稀少な無伴奏リサイタル

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 東京フィルのソロ・コンサートマスターを勇退後、東京音大の教授を主軸に、モルゴーア・クァルテットでの演奏、東京シティ・フィル、名古屋フィル、日本センチュリー響の客演コンマスなど、精力的に活動している荒井英治。彼はこの7月、「無伴奏の世界」と題したヴァイオリン・リサイタルを行う。多忙な荒井ゆえに、これはかなり貴重な機会だ。

 「無伴奏のみのリサイタルは15年ぶりです。今回行う決心をした理由は、教えることで自分自身気付かされることが沢山あったから。それを成果として表せるのではないかと考えました。また、最近イザイの素晴らしさがわかり、弾いていて楽しいので、彼の無伴奏ソナタを中心にした公演をと思ったのも理由の1つです」

 ゆえに、メインは「イザイのソナタの中でも特に好きな」第4、5、6番。ここから全体がプログラミングされた。

 「当初メインで迷ったのはバルトークのソナタですが、そちらは作曲者の『こう弾かねばならぬ』との意図が感じられます。その点、イザイは弾き手のイマジネーションに委ねられている部分がある。つまり開かれています。そこでイザイを、同じく自由で開かれたバッハと結び付けました。そしてバッハとの関連性から、バロックの様式で書かれたペンデレツキの『ラ・フォリア』と、フガートを用いたストラヴィンスキーの『エレジー』を組み合わせました」

 「リサイタルは1つのドラマ」と語る荒井だけに、曲順にも意味がある。

 「最初のペンデレツキ作品はモノクロームの音楽。バルトークの作品の過激さや厳格さを10分に凝縮したような密度が濃い曲です。これで会場の空気を一気にひとつにまとめて、次にバッハを感じるまま自由に弾きたいと思いました。バッハはパルティータ第2番。私が6曲の無伴奏曲の中で双璧だと思うのはこれとソナタ第3番ですが、ソナタの方は長調なので、もう少しモノクロームの世界を表現したかった。それに追悼の音楽と言われる『シャコンヌ』も含まれていますから。さらにストラヴィンスキーも悲しみの曲。ここまでは厳しさと悲しみの世界です。しかしイザイの4番はエネルギーに溢れ、5番は牧歌的で、6番は最も華やかな音楽。従ってここで『悲しみを乗り越えていく』、すなわち『暗から明へ』の世界が築かれます。また、対位法的な曲とホモフォニックな曲が交互に並び、自由奔放なイザイの6番で飛翔するという流れにもなっています」

 彼は、「補完し合う共演者がいない無伴奏の演奏は、心の中に鏡を立てて自分の中を見つめていく作業」とも語る。「無伴奏の一夜は滅多にないので楽しみ。1つのストーリーを感じながら、楽しんでいただけたら嬉しい」と期待を寄せる当公演に、ぜひご注目あれ。
取材・文:柴田克彦
(ぶらあぼ2023年7月号より)

第2回 無伴奏の世界 荒井英治(ヴァイオリン)
2023.7/13(木)19:00 東京文化会館(小)
問:ミリオンコンサート協会03-3501-5638 
http://www.millionconcert.co.jp