シューマンを軸にした3年で味わう、ピアノ三重奏の新たな世界
葵トリオは、ピアノの秋元孝介、ヴァイオリンの小川響子、チェロの伊東裕による、日本では稀な常設のピアノ三重奏団。関西出身の3人が東京藝術大学在籍中の2016年に結成した同グループは、18年に世界最高峰といわれるARDミュンヘン国際音楽コンクール・ピアノ三重奏部門で日本人団体初優勝を果たして以来、目覚ましい活躍を続け、緻密さとパッションを併せ持ったその演奏は高い評価を得ている。
彼らは、紀尾井ホール2021〜23年度の「紀尾井レジデント・シリーズ」を担い、「葵トリオとシューマン/ダヴィッド同盟」と題した年1回の公演を3年連続で行う。これは同ホールと気鋭の演奏家が新たな創造を展開する新シリーズで、葵トリオはその一番手だ。
秋元&小川「全3回なのでまずピアノ三重奏曲を3曲書いている作曲家。しかも繋がりのある作曲家が明確な上に、それぞれが三重奏曲の名作を残していることから、シューマンの3曲と彼に関連した作品を組み合わせました。これならばオリジナリティがあり、3回連続で行う意味もあると思います」
演目はすべてピアノ三重奏曲で、22年3月の初回は「リームの『見知らぬ土地の情景Ⅲ』/シューマンの1番/シューベルトの1番」、2回目は「ショパン/シューマンの2番/メンデルスゾーンの1番」、3回目は「クララ・シューマン/シューマンの3番/ブラームスの1番」というプログラム。これを見ると(特に2&3回は)そのコンセプトがよくわかる。すなわち本シリーズは3回通して聴くべきコンサートなのだ。
来る初回のプログラムは特に興味深い。
秋元「シューベルトはシューマンが大きな影響を受けた作曲家。シューマンがピアノを弾いていた時期にシューベルトの1番をよく演奏していたとの繋がりで選びました」
小川「リームの曲はシューマンを意識していますし、常設団体としてはこうした作品を知ってもらうのも大事ではないかと考えました」
リームの作品にはさらなる意味がある。
秋元「リーム自身シューマンの影響をかなり受けています。しかもこの曲は途中でシューマンの1番の断片のようなものが現れ、一瞬時代が過去に戻ったような感覚に囚われます。それに実はこの曲はミュンヘンのコンクールで取り上げた作品です。演奏効果もありますし、現代から時代を遡っていくのも面白いのではないでしょうか」
シューマンの1番はむろん今回の軸となる。
伊東「音程などが密集した室内楽的な妙味がある作品。暗い第3楽章から明るい第4楽章に移った時の希望が見えるような感覚もいいですね。また第1楽章でチェロが弾くスル・ポンティチェロ(駒の上を弓で弾く奏法)も効果的。当時としては珍しい奏法なのでこうした部分も楽しんでいただけたらと思います」
小川「ヴァイオリンとしては中音域を弾く場面が多い曲。室内楽的には音が鳴りやすく混ざりやすいですし、その音域を使ったのは人の声に近いためとの見方もあるので、シューベルトに続く歌心をお聴かせしたいですね」
秋元「シューマンの三重奏曲は他の作曲家に比べて3人同時に弾いている場面が多く、世界観を共有し続けます。ですから音色のミックスや音量のバランスに常に気を配るなど、常設団体として取り組み甲斐があります」
シューベルトの1番はメロディアスな大曲だ。
伊東「シューベルトらしい転調の妙や旋律の美しさがあって、永遠に聴いていたいと感じる名曲中の名曲です。チェロも華やかな高音や主旋律を弾くなど、個々が活躍する曲でもあります」
秋元「リートのような作りで、歌と伴奏の組み合わせが3人の中で変わっていきます。この曲はやはり歌が重要な要素。それにポジティブなエネルギーに溢れているので、華やかに終われます」
3人はピアノ三重奏の魅力を、「ピアノがあるので、チェロはバス役を離れて旋律を歌ったり他の楽器と対等に渡り合うことができる(伊東)」、「3人で弾くダイナミックな部分も、2楽器のソナタ的な部分も、ソロも楽しめる(小川)」、「ピアノが1つの作品の中でソリストと伴奏者を演じ分けられる(秋元)」と語る。ここは「ピアノ三重奏に最適な(小川)」紀尾井ホールでその醍醐味を満喫したい。
取材・文:柴田克彦
(ぶらあぼ2022年1月号より)
【Profile】
秋元孝介(右、ピアノ) 小川響子(左、ヴァイオリン) 伊東 裕(中央、チェロ)
東京藝術大学、サントリーホール室内楽アカデミーで出会い、2016年に結成。「葵/AOI」は、3人の名字の頭文字をとり、花言葉の「大望、豊かな実り」に共感し命名される。第67回ARDミュンヘン国際音楽コンクールのピアノ三重奏部門で、日本人団体として初の優勝をおさめる。第29回新日鉄住金音楽賞フレッシュアーティスト賞(2019年/日本製鉄音楽賞に改称)を受賞。紀尾井ホールの2021〜2023年度レジデント・シリーズのほか、サントリーホールとは2021年〜7年間のプロジェクトも進行中。現在ドイツを拠点に国内外で活動している最も注目を集めるピアノ三重奏団。
【Information】
紀尾井レジデント・シリーズⅠ 葵トリオ
「葵トリオとシューマン/ダヴィッド同盟 新音楽時報 Vol.1」
2022.3/16(水)19:00 紀尾井ホール
1/7(金)発売
リーム:見知らぬ土地の情景Ⅲ
シューマン:ピアノ三重奏曲第1番 ニ短調 op.63
シューベルト:ピアノ三重奏曲第1番 変ロ長調 op.99, D898
問 :紀尾井ホールウェブチケット webticket@kioi-hall.or.jp
https://kioihall.jp