三枝成彰(作曲)

80歳記念コンサートは辻井伸行への新作も登場する圧巻の内容

 日本を代表する作曲家のひとりとしてさまざまな作品を生み出し、多くの要職に就いている三枝成彰は、1997年、構想に10年をかけたオペラ《忠臣蔵》を初演した。2004年にはプッチーニの《蝶々夫人》を下敷きにしたオペラ《Jr.バタフライ》を完成させ、その後もオペラへの情熱は尽きることなく、現在も次なる作品を模索中だ。

 その三枝が22年に80歳を迎えることを記念し、1月17日にサントリーホールでコンサートを開催することになった。このプログラムが実に重量級で、後半には辻井伸行のために書かれた新作「ピアノ協奏曲」が世界初演される(大友直人指揮東京フィルハーモニー交響楽団)。この作品について三枝に聞いた。

 「初めて辻井さんと出会ったのは、彼が小学5年生のときです。すごい才能の持ち主だと思い、以来ずっと家族ぐるみのおつきあいが続いています。辻井さんがショパン国際ピアノコンクールを受けると決まったときは、NTTドコモ様に協力してもらい、モーツァルトとショパンのコンチェルトを演奏するコンサートを開きました。そして5年ほど前に高知で演奏会が行われたとき、舞台上で彼が『三枝さん、ピアノ協奏曲を書いてください』と言ったのです。僕はずっと演奏を聴いていますからそれを考慮し、構想をじっくり練り、約3年かけて仕上げました」

 このピアノ協奏曲は「母へ」と題され、全体は13分ほど。疾風怒濤のように音楽が駆け抜けていく箇所があるかと思うと、ピアノが打楽器的な要素を披露する部分もある。リズムやテンポは急速で、全編に超絶技巧が散りばめられている。しかし、辻井はヴァン・クライバーン国際ピアノコンクールでも課題の新曲を圧倒的な表現力で披露し、新曲に対する賞も受賞している。それゆえ、三枝が作品に求める現代的で斬新かつみずみずしい色彩感を放つ曲想を理解するのは得意中の得意。オーケストラと一体化し、高度なテクニックを要求される箇所も、あたかもそれを楽しみ、愉悦の表情を抱きながら天空に飛翔するように奏でる。

 「この曲は、最後の30秒間にお母さんへの感謝を表すようにトイピアノで昔を懐かしむような旋律を奏でるんですよ。辻井さんは大変な努力家で練習熱心。音楽家は自分のことばを持つことが一番大切。彼にはそれがある。天才と呼ばれていますが、努力ができる人が天才なんですよ。これからが本領発揮だと思う」

 作曲者のことば通り、圧巻のピアノとオーケストラによる濃密な音の対話が終了した後、突如トイピアノが登場し、静謐な空気のなかにおだやかでノスタルジックな旋律が流れる。聴き手はみな自身の母親を想い、感謝の念を捧げるような気持ちになり、涙がこぼれる。

 前半は、2010年に書かれた1時間40分にわたる大作「最後の手紙 The Last Message」が演奏される。ドイツの編集者が、第二次世界大戦で亡くなった兵士らの遺族に届いた「最後の手紙」を提供してほしいと呼びかけ、31ヵ国202人の手紙を集めて1961年に書籍が出版された。そこに掲載された手紙に曲がつけられている。原曲は99年に編成された六本木男声合唱団(現:六本木男声合唱団ZIG-ZAG)のために書かれたが、今回は混声合唱版の初演が行われる。

 「この作品はバチカンのサン・ピエトロ大聖堂やニューヨークのカーネギーホールをはじめ、海外でも演奏してきました。今回はより多くの人に聴いてほしい、歌ってほしいと願い、混声合唱版を作りました」

 曲は、死の間際に愛や命、平和の尊さを書き記した手紙の内容に寄り添うもので、聴きこむほどに心に深い痛みを覚える。こうした大作を書いた三枝の今後の夢やいかに…。

 「やはりオペラを書きたい。いまいくつかアイディアを抱えていますが、オペラはお金がかかって大変。でも、夢は叶えたいです!」

 今回の2曲の初演作品は、いまという時代を鑑みた、貴重な「音の記憶」となりそうだ。
取材・文:伊熊よし子
(ぶらあぼ2022年1月号より)

Profile】
1942年生まれ。東京音楽大学名誉教授。オラトリオ「ヤマトタケル」、オペラ《忠臣蔵》《Jr.バタフライ》《KAMIKAZE –神風–》ほかオペラを中心とする創作活動で知られる。2007年、紫綬褒章受章。08年、日本人初のプッチーニ国際賞受賞。14年《Jr.バタフライ》イタリア語版をイタリア、トッレ・デル・ラーゴでのプッチーニ音楽祭で初演(16年日本初演)。17年にも新作オペラ《狂おしき真夏の一日》を世界初演し話題を呼んだ。同年、旭日小綬章受章。20年、文化功労者顕彰を受けた。

Information
三枝成彰80歳コンサート
2021.1/17(月)18:00 サントリーホール

指揮:大友直人 ピアノ:辻井伸行
ナレーション:露木 茂(「最後の手紙」)
合唱:三枝成彰傘寿記念混声合唱団
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団

曲目
三枝成彰:ピアノ協奏曲〜辻井伸行委嘱作品(世界初演)
三枝成彰:最後の手紙〜The Last Message(混声合唱版初演)

問:メイ・コーポレーション03-3584-1951 
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